3月2日「KPMG CSR フォーラム」のご報告

ミレニアム・プロミス・ジャパンは去る3月2日にKPMG/あずさ監査法人と共催で「KPMG CSRフォーラム ‐国連ミレニアム開発目標とBOPビジネス-」を開催いたしました。
その際の報告レポート(要約版)が完成いたしましたので掲載いたします。

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レポートの内容は「続き」をお読みください。


KPMG CSR フォーラム
国連ミレニアム開発目標とBOPビジネス(要約版)


【日時・場所】 2010年3月2日(火) 13:30~17:30
         国連大学ウ・タント国際会議場
【プログラム】
Ⅰ.主催者挨拶 内山 英世氏(あずさ監査法人専務理事・東京事務所長)
Ⅱ.主催者挨拶 北岡 伸一氏(東京大学法学部教授、ミレニアム・プロミス・ジャパン会長)
Ⅲ.基調講演   「ミレニアム開発目標の現状と課題」
           マイケル・ヘイスティングス卿(KPMGインターナショナル)
Ⅳ.講演      「グローバル・コンパクトとミレニアム開発目標について」
           有馬 利男氏(グローバル・コンパクト・ボード・ジャパン議長/富士ゼロックス株式会社相談役特別顧問)
Ⅴ.パネルディスカッション
      ・水野 達男氏(住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部長)
      ・中尾 洋三氏(味の素株式会社 CSR部専任部長)
      ・金田 晃一氏(武田薬品工業株式会社 コーポレート・コミュニケーション部 シニアマネジャー)
      ・大貝 隆之氏(独立行政法人国際協力機構(JICA)民間連携室審議役)
      ・マイケル・ヘイスティングス卿(KPMGインターナショナル)
      ・モデレーター:原田 勝広氏(日本経済新聞編集委員)
Ⅰ.主催者挨拶  内山英世氏(あずさ監査法人専務理事・東京事務所長)
本日は大勢の皆様方にKPMG CSRフォーラムにご参集いただき、誠にありがたく思っている。主催者を代表して厚く御礼申し上げる。
あずさ監査法人は現在、内外の企業や政府系機関に対して、監査、アドバイザリー、税務のサービスを提供している。一方において、KPMGインターナショナルの日本のメンバーファームとして、KPMGグローバルの方針に従う様々な社会的な取り組みを行っているところだ。とりわけ、こうしたCSR活動や地球温暖化に対する取り組みについては非常に関心を持って取り組んでいるところである。
本日のフォーラムを通じて、日本の企業の皆様に対して、こうした課題に対する取り組みの啓蒙や知識の獲得にいささかでもお役に立てれば主催者としてこれに優る喜びはない。
Ⅱ.主催者挨拶 北岡伸一氏(東京大学法学部教授 ミレニアム・プロミス・ジャパン会長)
私は2004年から2006年まで国連大使としてニューヨークで勤務した。その中で、人類の歴史の中で大きな変化が起こっているということを感じる。人類の歴史とともに、紛争・戦争や大量の貧困があった。しかし、紛争というのは終息に向かいつつあり、それには国連が色々と関与している。
平和を定着させるためには、そこにいる人々が武器を置き、かわりに農機具を持って働いて、自分の利益に基づいて行動をして立ち上がっていくということが非常に重要だ。それを援助しようと、ミレニアム・ビレッジ・プロジェクトが行われている。このプロジェクトは、アフリカの中でも非常に貧しい村を探し出して、人々が自分で立ち上がれるようにお手伝いをするものである。人々の自己利益に訴えかけることで、平和を定着させていきたい。更に、それを経済発展に結び付けたい。
ここで重要なのは、企業の投資である。国連の中で、色々な途上国の人から、民間企業に是非来てほしいということを言われた。そのためにはまず紛争を解決しなくてはならないし、電気や水道等のインフラがなくてはいけない。こうした包括的な取り組みが必要であり、昨今の世界的な経済不況でやや停滞してはいるものの、着実に進んでいるのが現状である。企業の方々がこうした世界の貧困の問題に関心をもって取り組んでくださるということは、とても重要なことであり、それは実は企業にとっても、将来の大きな可能性を耕すということだと思う。貧しい人たちは、それがゆえに大きく発展する可能性を秘めている。
今、世界は新しい時代に入りつつあると私は痛感している。これまで政府だけにおぶさっていたが、個人、NGO、企業の包括的な関わりの中で、世界で貧困が克服されていく。その中で、企業がそれなりに利益を得て、個人もその活動に参加することによって生きがいを発見していくという循環が生まれつつあるわけだ。
日本は、アジアの中で最も人権や自由や民主主義にコミットしている国である。そうした普遍的な価値に立つことが、私は日本の強みだと思っている。日本の若者が是非こういう方向に進んでいき、日本の企業が、更にこれに活発に向かっていくということを促す一つのステップとして、今日のこの会合はあるのではないかと思っている。
Ⅲ.基調講演
ミレニアム開発目標の現状と課題 「夢と幻想 -G20は貧困の終焉を実現できるのか」
マイケル・ヘイスティングス卿
(KPMGインターナショナル CSR・ダイバーシティ担当グローバル統括責任者)

■ 国連グローバル・コンパクト(GC)
2010年は、国連のグローバル・コンパクト(以下GC)の実行から10年目を迎える記念すべき年だ。GCは、国連のミレニアム開発目標(以下MDGs)と表裏一体だ。非常に緊密な企業のパートナーシップを築いて様々な世界の課題の解決策を見出すということが、MDGsの8つ目の目標である。これは、他の全ての7つの目標の補強となっている。そしてまさに、MDGsと企業の役割というのが、私が本日お話しする課題である。
■ 経済危機と貧困
・経済危機の及ぼす影響
経済危機の前の数年間、貧困に向けて多くの国際活動が行われていた。しかし、先進国における経済危機によって、世界の恵まれない人たちについての見出しが新聞から消えてしまった。このことに、多くのNGOのリーダーあるいは国連の外交官は非常に警戒心を持っており、MDGsに対しての達成度が非常に遅いことに対して懸念を示している。そしてこの経済危機は、低所得国において非常に大きな悪影響を及ぼしている。
・先進国と低所得国のパートナーシップ
経済危機の前の10年間は、より良い政策とガバナンスの透明性が顕著になった時代だった。多くの国々が難しい改革の道のりを辿り、彼らの役割をきちんと果たしていたために、私たちのグローバルコミュニティにおいては、低所得国を問題の一部ではなく、解決の一部とみる必要があった。
オバマ大統領は、昨年ガーナを訪れた際、先進国と発展途上経済の間に新しいパートナーシップを呼び掛け、膨大な海外援助金額の増大を約束した。しかし、本当の成功の証は、人々がやっと生活を維持できるための援助を続けることではなく、私たちがこれらの変革を行う上でパートナーシップを築けるかということだ。そして、オバマ大統領はアフリカ大陸に注視している。複数の輸出産業を促進し、技量のある労力に投資し、小企業に投資すれば、雇用が生まれる。よって、オバマ大統領にインスパイアされて、私も楽観視している。
・景気対策としての大量の資金注入と貧困解決のためのリソース
この経済危機においては、幾つかの政府が様々なお互いに影響を及ぼす対策を一緒にとっている。特に、世界的に量的緩和という協調体制が敷かれた。端的にいうと、景気対策のために大量の資金を注入する政策である。この資金は、2年前には存在しないと言われていたものだった。
2005年のG8におけるコミットメントは、途上国に対する支援を500億ドル増やすというものだった。一方、アメリカにおける、財務省のプログラムのもとで行われた各銀行の救済には7000億ドルかかった。つまり、途上国に対する援助は、先進国の負債には比べ物にならない。更に、2008年、国連のMDGsの高官レベルの会合においてMDGギャップ・タスクフォースが発表したのは、約束された500億ドルのODAのうち、たった227億ドルしか費やされていないことであった。
一方で、銀行の救済のための資金はすぐ出たわけだ。そのような力を駆使できるのであれば、実際に使われた力の何分の一でも、貧しい人たちに費やすことはできないのだろうか。
■ 国際協力の体制の変化
・ G8からG20へ
半年ほど前には、G8が最も一般的な国際的なフォーラムであった。しかし、2008年に金融経済危機が訪れると、国際協力体制を強化するために呼びかけられたのは、先進国と途上国の両方が入ったG20だった。そして、G20は顕著で具体的な成果を上げている。
その結果として、G8は本質的にはもう存在しない。昨年のピッツバーグ・サミットにおいて、富裕国、先進国にとっての経済的な諮問団体としてG20がG8にとって代わるということだった。また、世界の景気回復を促すためには、G20が国際協力体制の取り組みの一番の場となることが謳われた。つまり力の均衡はシフトしたわけだ。意思決定のフォーラムはもはや豊かな国だけでは十分ではない。グローバルビジネスに関わる関係者全員が、随分前からこの力がシフトしていることを知っている。
では、世界経済フォーラムやWBCSD等の超国家団体の例は沢山あるが、なぜG20がそれに優り、行動の場として認められたのだろうか。やはり共通の目標を達成するために国民国家が共に働くことが大事で、国際機関の官僚制度に縛られない場が必要であったのだろうと思う。
世界に共に住む者として、2010年こそG20は貧困の危機に目を向けるべきではないだろうか。是非皆様にも思考の転換をお願いしたいと思う。MDGsを達成するために、新たな制度、新たなグローバル・ガバナンスのもとでやっていこうではないか。
■ ミレニアム開発目標(MDGs)
2000年に、ミレニアム宣言が採択された。MDGsは目標及び行動計画で構成され、目標の締切りは2015年である。特に成長、貧困軽減と、持続可能性との相互関係を意識している。また、民主的なガバナンス、法の支配、人権の尊重、そして平和と安全保障が根底にあることも意識している。先進国と同様に、途上国にも責任があり、そのグローバルなパートナーシップをもとにMDGsを達成するというものだ。
・8つの目標
MDG 1 :極度の貧困と飢餓の撲滅 
MDG 2 :初等教育の完全普及の達成 
MDG 3 :ジェンダーの平等推進と女性の地位向上 
MDG 4 :乳幼児死亡率の削減 
MDG 5 :妊産婦の健康の改善
MDG 6 :HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止 
MDG 7 :環境の持続可能性確保
MDG 8 :開発のためのグローバルなパートナーシップの推進
・MDG1(極度の貧困と飢餓の撲滅)におけるビジネスの役割
経済成長は、長期的な貧困の削減につながる。経済が成長するためには、既存の活動の生産性が増し、新しい経済活動も開発する必要がある。これは民間企業の投資によってもたらすことができる。それには、オープンな貿易と、魅力的な投資環境があり、公平で効率的な競争可能な市場が存在し、様々な金融サービスが可能で、インフラやITに接続が可能であるという環境が必要だ。
・MDGsの目標達成に向けて
MDGsの目標の達成度は、インドや中国の進捗によって、一見すると予定通りに進んでいるように見えるが、特定の地域、あるいは社会の一部においては、未だに貧困に悩んでいる。
グローバル市場においては、私たちは最も貧しい方たちに注視しなければいけない。ファンディングの決定権は先進国の団体がより多く持っており、より効果的にサービスを提供しなければいけないという責任がついてくる。そして、MDGsを、一番生活に苦しんでいる方たちのために達成するには、そのような立場の人の最も近くにいる組織、NGO、地域、政府の様々なアシスタンスが必要だ。
国連事務総長の特別顧問であり、コロンビア大学地球研究所のディレクターであるジェフリー・サックス教授は、貧困は終わることができるという確信を述べている。そして、様々な関連がある経済・政治・環境・社会的問題を採り入れて課題に挑戦していきたいと言っている。
■ 企業の社会市民としての役割
ビジネスによる金銭的な貢献は重要だが、それ以上に大切なのは、技量とビジネスが用いられる可能性だ。マイクロソフト創立者のビル・ゲイツ氏は、2008年、世界経済フォーラムで「創造的資本主義」というタイトルの講演を行った。以下が4つのポイントである。①技術の革新は、何十億人に対して多くの問題を解決する。②しかしこのような革新というのは、人々がそれらを購入できる資金力を持っている場合に影響を及ぼすのだ。③経済的な需要は経済的なニーズとは違う。④もし、最もニーズの強い人たちの人生を変えるのであれば、違うレベルの革新が必要であり、技術にアクセスしやすいようにしなければならない。
以上のことは重要である。最も生活が苦しくない人たちが革新の恩恵を受け、最も低層の何十億人の人たちがグローバル経済の悪い影響を一番感じているのだ。彼は次のように言っている。「私たちは利益を求めるのはよいが、同時にあまり恩恵を受けていない人たちの人生を変えていかねばならない。創造的な資本主義とは、他人の利害関係を自分の利害関係と結びつけ、両方が恩恵を受けるようにしなければいけない。」
2008年の世界経済フォーラムにおいて、クラウス・シュワブ博士はグローバル・コーポレート・シチズンシップ(企業の社会市民としての役割)がとても重要であると言った。彼は、「全ての企業は大きな課題、すなわち政府の課題と一緒に、様々な投資機会あるいは組織のために投資すべきである。」と言っている。
KPMGは、自らのグローバル開発イニシアティブを通して、世界中の技量のある人間を使って投資計画を立て、最も生活に苦しんでいる人たちのお手伝いをしている。世界は孤立しているわけではなく、企業のビジネス、人々、そしてクライアントに影響しているということに企業は気付いている。10年前はビジネスマンがこのような貧困の課題に注視するというのは珍しかったが、今は違う。グローバル市場において、将来の市場を今築き、良いガバナンスを達成し、汚職に対抗し、環境の保全をし、グローバルヘルスを達成する。これらは全てビジネスに関わることであり、ビジネスの成功がそれによって影響されるということだ。
Ⅲ.講演
「グローバル・コンパクトとミレニアム開発目標について」
有馬 利男氏
(グローバル・コンパクト・ボード・ジャパン議長/富士ゼロックス株式会社相談役特別顧問)

2007年、私は富士ゼロックスの社長を退任し、ジュネーブで行われたGCのリーダーズ・サミットにおいて、GCのボードメンバーにアサインをされた。2008年の4月から、日本のネットワークにもボードを作り、事務局を置いた。加盟企業は107社にまで増えてきた。
■ UNGCの生い立ちとMDGs
国連のGCとMDGsは、2000年に相次いで国連で編成された。GCは、民間企業と一緒にやろうという主旨の組織、機能である。一方、MDGsは、当時の国連の189の国家のリーダーたちが、これを実現しようと約束をしたものだ。よって、基本的には国家間の約束事である。
・アナン氏による提言
GCは、1999年にスイスのダボスで行われた経済人の会議で、アナン事務総長(当時)が提案をされたものである。国連は、民間団体のイニシアティブを求めており、その背景には、経済がグローバル化する中で富の不平等が一層深刻化し、それに起因する紛争、貧困が広がっていることがあった。翌年7月に、ニューヨークで関係者が集まり、GCを成立させた。
GCには10の原則がある。この原則は、「人権」、「労働基準」、「環境」、「腐敗防止」の4分野から成る。GCに加盟した企業・組織のトップは、この10項目の改善に向けて、各々の組織を動かしていくことを約束する。
・国連ミレニアム開発目標
MDG8(開発のためのグローバル・パートナーシップ推進)は、GCとMDGsを結ぶ一つのキーワードであると理解してよいと思う。MDGsというのは国家のリーダーたちの約束であったわけだが、そのMDGsが、民間あるいはNGOと手を組んで進めていくのだということをここで宣言をしている。
MDGsというと、日本企業の中では残念ながらまだあまり認識をされていない面があるので、日本企業や組織にしっかりと呼びかけていくのだということも是非ご認識をいただきたい。
・GCが生まれた歴史的な背景
1914年~1945年は世界大戦の30年であった。第二次世界大戦が終わり、国際連合ができ、1989年にはベルリンの壁が崩壊したが、この間が冷戦の45年といわれる期間だ。その後は内戦とグローバル化の時代である。それは、グローバルな企業が世界の成長発展を引っ張った時代であると同時に、大規模な自然破壊や、格差、差別、人権、労働等の問題を引き起こした時代である。企業の影響力は、非常に大きなものになった。また、戦争が内戦化し社会の中で根深いものになった結果、国力は衰退し、難民や貧困の問題が起こった。これは国連の統治だけで解決できるような問題ではなくなってきてしまった。
以上のように、企業の影響力と国連統治の限界が、アナン氏のダボスでの提案につながったと考えると、必然性のある国連GCであり、MDGsであると思う。
・GC推進の組織体制
GCのボードは国連事務総長室の中に位置づけられており、それを推進するオフィスもその中にある。ボードのチェアマンは、潘基文事務総長である。GCの加盟組織は7200強あり、80カ国以上にローカルネットワークが編成されている。
■ CSRをどのように捉えるのか
・CSRの変化―Ⅰ
CSRには、企業統治のCSR、企業責任のCSR、ビジネス統合のCSRの3段階がある。
企業統治のCSRには、倫理、規範、企業理念や行動指針等がある。最近ではコンプライアンス、つまり、会社法、J-SOX、個人情報保護法等の法的な決まりに段々変わってきている。
企業責任のCSRは社会貢献と言われるフィランソロピーやメセナ等から、最近では参加型で貢献をする形(企業ボランティアや障がい者の雇用等)に進化をしてきている。この大本として、日本には商人道、鈴木正三や石田梅岩、近江商人の三方よし等があるのだと思う。
そして、今盛んに議論をされて活動を展開しているのが、ビジネス統合のCSRである。事業所内だけでなくお客様のところまで全て含めて省エネ商品を提供したり、サービスビジネスを展開したり、リサイクルをする等というものもある。更にその先で今盛んに動いているのが、CSR調達である。これはビジネスのパートナーまで含んだCSRの展開である。この発展段階を経営の視点でいえば、収益を守るCSR、収益を分配するCSR、収益を生むCSR、ということが出来る。
企業統治のCSRも企業責任のCSRも大事であるが、それだけでよいのかというと、私は二つ問題があると思う。一つは利益が出ないと何もできなくなるし、利益の範囲でしかそれができないというのが大きな問題である。もう一つは、社会の求めるものと事業を統合するという中から、新しい発想やイノベーションが生まれてくるはずだからである。
・富士ゼロックスのCSR:企業品質「三つの価値の統合」
富士ゼロックスでは、企業の品質は、社会的な価値、人間的な価値、経済的な価値という三本柱で統合的に動かしていく中から高まっていくものであると考えている。これらを統合していく中で、イノベーションも起こるし、リスクやボトルネックも発見できるし、企業のサステナビリティが保たれると考えている。
・リサイクルの事例
1993年にリサイクルの検討を始め、1995年から市場に投入した。1999年には赤字が30億円位出たが、なんとか耐えて2003年に黒字になった。経済性や社会性を統合するのは難しいが、そのハードルを乗り越えるとイノベーションや工夫が出てきて、パテントも沢山とれ、結果としてはビジネスとしてのリサイクルが成立したのである。つまり、社会性をビジネスと統合することは可能であるということだ。このような考え方を企業がとらなければいけないし、その考え方を広げていくことが可能であり、必要である。そしてこれは市場での競争戦略の上でも差別化戦略として非常に大きな意味を持つと考えている。
・CSRの進化‐Ⅱ
BOPビジネスや、マイクロ・ファイナンス、スマートグリッド等、新しい産業の芽が色々な形で出てきており、価値軸や価値観がシフトし始めている。お金だけの計算では企業の経営はできなくなっているのである。
ここまでは、収益を守るCSR、分配するCSR、収益を生むCSRと動いてきた。その先は社会性の事業化という方向に動き出しているのではないか。それを実現するのがCSR経営である。世界の共有目標が今後CO2の削減目標や、新しい市場主義、グリーンエコノミーといったものに結実をしていくのではないか。そういった中で新しい価値を作り、グローバル戦略を展開していくのが今後の企業の経営の力であると私はみている。
■ BOPへの取り組み
・BOP人口構成
年間3000ドル以下の収入または1日2ドル以下で暮らす貧困層は約40億人おり、ここに年間約5兆ドルの市場規模がある。私は、この部分に関わらねばならない理由は三つあると思う。一つは人道上の問題だ。次に、この40億人を放っておくと将来的に人口爆発が起こり、色々な問題が世界に波及してくるため、それに対する防衛だという議論もできる。そしてもう一つが、大きなビジネスチャンスであるということだ。BOPが新しい市場を形成し始めた時には、市場のルールやネットワークにおいて色々な形で欧米や中国が遥か先をいっていて、日本の企業がこのビジネスに入ろうとしても入れない状況かもしれない。
・企業のBOPアプローチ
BOPのピラミッドのボトムの層にアプローチをする仕方が三つあり、社会貢献型のアプローチ、自立化・育成型のアプローチ、援助ビジネス型のアプローチと、仮に名前をつけた。
社会貢献型では、BOP向けの商品を開発し、それに対してユニセフや色々なファンドが資金を提供し、それをBOPの人々に寄贈する。彼らに対しては、NGOが受け入れのための教育をしたり状況を整えたりする。物を提供する側と資金を捻出する側、受け入れを支援する側が組み合わさって動くわけだ。
自立化・育成型では、トップとミドルは通常通りマージンを得ながらビジネスを行い、そこで得た資金を、ノーマージンまたはローマージンで、ビジネスとしてボトムに提供する。そして、NGO等が介在して、マーケットの調査や販売の手伝い等を行い、免税措置等も一緒に組んで行う。そういった中で、BOPの人々に自立化を促すというものである。
援助ビジネス型は、国連の機関等からの援助物資があるときに、その計画を捉えて物資やインフラを提供するという仕事である。欧米の企業が積極的に入り込んでいるが、これも実は大きなビジネスだと思う。
BOPに関わろうとする時に、どんなプレーヤー、どんなアクターと一緒になってやっていくか、どの位の時間軸で考えていくかということが重要である。
・”Business and Peace”のガイダンス
GCを中心に、Business and Peaceというワーキンググループがこの1年ほど活動している。BOPに入っていく、または紛争で影響を受けた地域でビジネスをする時にどんなことを考えねばならないかということについて、新しいガイダンスを作っているところである。一方で、自然のままで生きているような人たちに対して、どの程度先進国の物資を投入すべきなのかという文明論的な議論もあるわけだ。こういうことも含めて、総合的に議論しながら進めていかねばならないというのも私自身は感じている。
最後に、企業というのはどういうものなのか。収益を上げて税金を払って株主に配当を払うことが企業の役割だと信じている経営者は沢山いる。私自身は、企業というのは社会に受け入れられて初めて存在する意義があると思っている。社会が提供する地球環境、資源、インフラ、教育、社会秩序等多くのものの恩恵を受けて初めて企業が経営できる。それに対して価値を戻していく、また、傷つけないように配慮をしながらやっていくのが企業のサステナブルな在り方だと思う。
BOPは、CSRの社会的な役割の延長上にあると思うが、それをビジネスとして成立させるためには色々な条件があり、乗り越えていかねばならない。また、日本企業の意識として、なぜBOPビジネスなのかという疑念はやはり強い。それをどうやって乗り越えていくかというのは、GC・ジャパンネットワークとしても大きな課題であるし、もっとメッセージを出していかねばならない。
Ⅴ.パネルディスカッション
「ビジネスを通じたMDGs達成への貢献は果たして可能か」


【パネリスト】
水野 達男氏(住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部長)
中尾 洋三氏(味の素株式会社 CSR部専任部長)
金田 晃一氏(武田薬品工業株式会社 コーポレート・コミュニケーション部 シニアマネジャー)
大貝 隆之氏(独立行政法人国際協力機構(JICA)民間連携室審議役)
マイケル・ヘイスティングス卿(KPMGインターナショナル)
【モデレーター】
原田 勝広氏(日本経済新聞編集委員)

原田氏:経済のグローバル化により、環境、貧困、児童労働、強制労働、エイズ等、様々な問題が起こっている。これらにいち早く対応したのは国連であり、それと同時並行的に議論を進めていたのがNGOである。ODA予算を使った政府とNGOが、こうした課題に向けて大変な努力を重ね、多くの成果をあげたといってよいと思う。一方で、援助だけでは解決できないものを投資で解決しようという動きがあった。その主役がまさに企業であり、その中で生まれてきたのがCSRである。
国連は、かつては各国の利害調整の場であったが、今は国連自体が一つの価値観を持っている。それは地球全体の利益である。そして、ここがコーディネータとしてまとめているのが、政府であり、企業であり、市民社会ではないか。これらが一緒にならないと解決できないほど、世界の課題は大きく深刻になっている。
BOPビジネスが、社会性なのか、あるいは利益を上げるビジネスなのかという議論に進みがちではあるが、こうした背景の中でBOPビジネスというものを考えると、今までのそうした単純な議論からは見えないものが多く見えてくるのではないか。
水野氏:「住友化学のオリセットネット事業を通じたアフリカ支援」
・マラリアの脅威と貧困
年間で3億人以上の方がマラリアにかかり、100万人以上の方が死亡する。マラリアの感染者数をみると、90%以上がアフリカでマラリアにかかるということなので、我々は、アフリカをターゲットとしている。
マラリアにかかることで教育を受けられない、あるいは就業、労働できない、結果的に収益が上がらない、従って医療を受けられないという形で、貧困とマラリアというのは非常にパラレルな関係にある。これをどこかで断ち切らないと貧困を解決できない。
・オリセットネット事業とミレニアム開発目標
我々がターゲットにしているのは感染症と貧困に関わるところ(MDG6、MDG 1、MDG 4)である。
オリセットネット事業の考え方としては三つ挙げられる。一つは、マラリアを防ぐための蚊帳を提供するということだ。また、蚊帳のメーカーは現在WHOの認可を受けているだけでも8社あるが、アフリカで工場を持って事業を展開しているのは、現在は私共だけである。アフリカの地域の雇用は現在6000名で、他の企業とは違ったやり方で同じゴールを達成していくということを非常に強い信念を持って進めている。そのベースになっているのが、住友化学が持つ基本理念、「自利利他公私一如」である。
・タンザニアでの生産
この事業は2003年の9月に始まり1期、2期、3期と事業を展開している。第1期は我々の技術をアフリカのA to Z社に無償で供与した。当時は年間約1200万張、約3000名の従業員で進めていた。第2期は2007年からで、A to Z社と50%:50%のジョイントベンチャーを作り、JBICの資金提供を受けて現地で新たに工場を設立した。今年の6月には、規模としては約3000万張、従業員数にして約6000名の事業を営む。
・オリセットネット事業の特徴
収益の一部を、タンザニアをはじめとした東アフリカの初等教育に還元しており、色々な段階で社会貢献を目指した事業となっている。
原田氏:日本ではおそらく需要がないBOPビジネスの製品をどのように開発するのか。あるいはそういう人材をどのように育成するのか。
水野氏:イトウ氏とオクノ氏という二人が1990年代の前半にこの商品を開発している。住友化学は殺虫剤を本業としており、当時の比較的自由にやらせてもらえる環境もよかったのではないかと私は思っている。
中尾氏:「味の素グループのMDGsへの貢献」
・うまみ調味料「味の素」の歴史
「味の素」が発明された100年前の日本の食生活は非常に貧しい状況で、食事をおいしく食べることで健康づくりをしていこうというのが、創業者の考え方であった。今日の途上国の食生活は昔の日本と同じように貧しいので、安くて美味しくなる調味料というのが受け入れられている。
・「味の素」の途上国マーケティング
途上国でのマーケティングは、①Affordable(誰でも気軽に買える)、②Available(どこでも買える)、③Applicable(使っておいしい)という三つの手法を使っている。①は、途上国の富裕層から貧困層まで使っていただくために、買いやすい価格と容量を設定し大容量から小容量までそろえている。②は、市場開拓の営業マンを現地で採用しながらその国の津々浦々までものを届けていく。③は、現地のメニューに「味の素」の使い方をあわせていくことによって、その地域の食文化を壊すことなく食生活を改善していく。
・発酵原料の現地調達
現地生産にあたって、原料はその生産国の農産品を使い、それを発酵してアミノ酸を作っている。製造、販売・流通もそうだが、地域の農業とも深い関わりをもち、バリューチェーン全体でその地域の経済に貢献していくというのが我々のビジネススタイルであり、これを50年以上も続けている。
・食・栄養への取り組み〈社会貢献〉
途上国との関わりが深くなると社会課題が認識されてくるので、10年前の創業90周年に、栄養問題、母子保健等に対するNGOの活動に資金提供をしていくプロジェクトを始めている。
・キャッサバ高収量栽培プロジェクト
原料を持続可能な形で使っていくためにも、農業分野への支援を通じて単位当たり収量を上げていく必要がある。この取り組みは一方で、農家の収入を増やすことにつながるので、ビジネスに近い社会貢献活動として、農村開発のプロジェクトをインドネシアで立ち上げている。
・リジン添加による栄養強化の効果
我々が持っているアミノ酸というリソースを使って、ビジネスを通じた貢献ができないかということを現在考えている。リジンというアミノ酸は、主要穀物である小麦やコーン等で非常に不足しており、これらを主食としている地域では、蛋白栄養が足りず、子どもの成育に悪影響がでているが、リジンを添加することによって改善されることが実証されている。
・栄養不足による乳幼児の成長遅延の割合
サブサハラの乳幼児の死亡率が高い地域で、最も蛋白栄養を必要としているところにリジン添加食品を提供しようというのがこのプロジェクトである。母乳を与えている時期は栄養が行き届いているが、離乳期は蛋白栄養等が足りず成長が低下する。最も栄養の必要なときに、栄養改善のできる食品を提供していこうということを現在考えている。
・ガーナの食生活実態調査
サブサハラの地域で主食として食べられている食品が、栄養不足を招いているという実態があり、現地の食文化を変えることなく、栄養を改善できないかということを考えている。
・ガーナ栄養改善プロジェクト
このプロジェクトでは、ガーナ大学やNGOと一緒になって商品開発を進めていく。それを新しいチャネルを通じてターゲットに届けていくことについても、国連機関や開発援助機関、NGO等と連携をしながら、新しいビジネスモデルとして作っていくことを現在考えている。
・「食・栄養」への取り組みの方向性
社会貢献としてスタートしているが、ビジネスに絡ませていくことが、社会課題に対する持続可能な取り組みにつながっていくため、我々は3年後を目途にビジネスにしていきたいと考えている。
原田氏:社会貢献的な活動をBOPビジネスにつなげていくということにチャレンジされているところが非常に興味深い。その背景や動機について、ご説明いただきたい。
中尾氏:私共のセクションがCSRの立場ということもあり、社会課題をどうやってビジネスの中に組み込んでいくかということを常に考えている。社会貢献活動であれば、その費用の範囲中でしか受益者を作ることができないが、ビジネスであれば、会社のリソースを使ってもっと多くの受益者を作り出すことが可能である。また、ビジネスであれば他の地域への展開ももっと速くできるのではないか、より多くの社会貢献につながっていくのではないかと考え、なんとかビジネス化していきたいと思っている。
金田氏:「国連ミレニアム開発目標とBOPビジネス」
武田薬品は、現在、途上国・新興国を含めたグローバルな事業展開を進めている。どのような行動指針を念頭におけばよいかを社内で議論した際、国連GCが挙がり、MDGsに向けて活動するという考えに至った。次に、実際のどのような活動をしたらよいかを考える段階になり、国際NGOプランとのパートナーシップ・プログラムの実践というアイデアが生まれた。
・MDGsとBOP:CSR上の位置づけ
「国際的なCSR推進行動への参加」と「途上国開発におけるBOP活用」が、時代の変化と共に要請されている。GCに参加してCSRの波を広げていくこととBOPに関わることは、新しいCSRのあり方といえよう。
武田薬品は昨年3月にGCに参加し、4月より具体的にMDGsに向けて活動するという段階に入った。そうなると、GCそしてUNDPも提唱している人間開発という考え方に注目する必要がある。特に、当社は、人の「いのち」にかかわる薬を研究・開発し、販売することで成り立っている会社であり、人間開発という考え方は重要である。MDGsでの重要なポイントは、「タイムリミット」、「ターゲット」、「コミットメント」の3点である。このようなしっかりとしたアプローチで、理念を実現していく点に大きな関心をもったわけだ。
・CSRと経営理念
企業としての「優れた医薬品の提供」、企業市民としての「患者さんを始めとしたステークホルダーに対する取り組みや人材育成などの医療インフラに対する貢献」、そして、それらを実践するにあたって必要となるガバナンス活動としての「誠実な事業経営」、これら3つがCSRの基本要素であり、経営理念の実践に繋がる。
なお、実際にGCを導入するにあたって、経営理念であるタケダイズムとどのような関係性・整合性があるのかについて整理した。新たな基準を外部から持ち込むにあたっては、両者の関係性を従業員に提示するというのは一つのポイントだったと思っている。
・タケダ-Plan保健医療アクセス・プログラム
国際NGOプランとの「タケダ-Plan保健医療アクセス・プログラム」は、2009年の7月からスタートした。まず、プランのオフィスを訪問し、製薬企業としてのCSRに対する考え方を説明し、MDGsを念頭に置いた協働プログラムを実施したいと伝えた。次に、分野は保健医療分野で、場所は当社の事業拠点があるアジア4カ国(インドネシア、中国、フィリピン、タイ)、年間約1000万円の予算で、成果を出すために5年間継続を念頭に置いていること等を伝えた。そうしたところ、4カ国にあるプランの現地オフィスから、それぞれ素晴らしい内容の個別プロジェクト案を出していただいた。その後、資料を作成し、社内決裁がおり、寄付金の振込を行い、プログラムが始まった。ファースト・コンタクトからプログラム開始までの交渉期間は約3ヶ月半であった。
・信頼構築のPDCAサイクル
NGOを含む他者との信頼関係の構築に向けた、もう一つのPDCAサイクルがあると考えて活用している。小さな活動でもまず実践(Perform)してみる。そして、やったことはしっかり開示(Disclose)し、相手と双方向で対話(Communicate)をする。そして実際に相手の活動に対してお互いに理解し、感謝(Appreciate)をする。このPDCAサイクルを何度も回していくことで信頼関係は強化されていく。
原田氏:4カ国の販売拠点でBOPビジネスをやってみようということはお考えにならないのか。
金田氏:今のところは考えていない。4カ国を選んだ理由は、主に従業員のモチベーション・アップにあり、マーケット拡大を念頭においてはいない。
大貝氏:「JICAのBOPビジネス調査研究と連携への取り組み」
JICAはODAの実施機関であるが、民間のセクターとの連携も重視している。その中の一つとして、BOPビジネスがあり、民間の企業の皆様方と上手く連携をとれるような仕組みを是非考えたいということで、現在その制度設計の最終段階にある。
・BOPビジネスとは?
BOPとはBottom/Base of the Pyramidということで、日本語で「所得階層別の人口ピラミッドの底辺層」という言い方ができる。最初に使われたのは、ミシガン大学のC.K.プラハラード教授の著書である『The Fortune at the Bottom of the Pyramid』の中である。要すれば、年間3000ドル以下の所得層で、世界人口の約72%と言われる約40億の人々の開発課題に向かい合うビジネスをBOPビジネスと称している。
・BOPビジネス調査研究
JICAは、BOPビジネスがODAと民間セクターとの連携の非常に有効な形になるのではないかと考えている。JICAにとってもこれはチャレンジングな分野だったので、調査研究から始めた。研究会には、外部の有識者の方々、関係省庁、関係機関等よりそれぞれご参加をいただき、議論を重ねた。現地の調査も行い、JICAと民間企業が連携してBOPビジネスを促進する仕組みを考えていくというものであった。
・BOPビジネスとの連携のための調査制度
目的としては、日本企業やNPO法人等とJICAが連携することによって、BOPビジネスの持続性や公益性を高め、途上国の貧困削減、MDGsの達成、社会経済開発への貢献を促進するということを考えた。
連携対象とするビジネスの段階は、本格事業開始の前段階を対象とし、具体的には情報収集、市場調査、パイロット事業の実施評価、事業化計画の作成位までを対象にさせていただければと思っている。
対象として想定するビジネスは、二通りある。貧困者層が消費者となるような形のビジネスで開発課題の改善につながる場合と、貧困者層が生産・流通・販売等の経済活動の方に参画をする場合である。
JICAが対象として採択するBOPビジネスとして重視する点は、大きく三点ほど考えている。一つ目は開発のインパクトが高い事業。それから、持続性、拡張、反復、イノベーション等々の視点が含まれている分野の事業。そして、現地コミュニティとの関係性を良好に保つということである。
この制度を、BOPビジネスを目指す多くの民間セクターの方々にご活用いただき、途上国の貧困層と民間企業がWin-Winの形で進められるようなBOPビジネスの後押しをさせていただければと考えている。
原田氏:連携対象として想定するビジネスとして、開発課題の改善につながるものとあるが、もう少し具体的にお話いただきたい。
大貝氏: MDGsで掲げられている分野はもとより、通信や運輸、電力、水分野等の分野も対象になり得ると考えている。若干見方を変えてみると、途上国の貧困層の人々というのは、貧困がゆえに非常に合理性のない取り扱いを受けているのでそこを改善していくことも望まれると思う。
原田氏:BOPビジネスは欧米が先行していて、日本は少し遅れ気味であるという印象を持っているが、へイスティングス氏に欧米企業の現状をうかがいたい。また、日本企業の動きについて大貝氏にうかがいたい。
ヘイスティングス卿:ヨーロッパの企業は特に財務的な援助に注視している。スタンダードチャータードからはじまり、バークレイズ、HSBCあるいはシティバンクが様々なマイクロ・ファイナンスを提供している。しかし、一つのハードルとなっているのは、銀行から起業家に貸すマイクロ・ローン以外のローンが高金利(年間30%程度)であるということだ。発展途上国においては投資に対して様々なリスクがあるわけだが、関わる以上は、そのリスクを多少は請け負って、このようなハードルを乗り越えねばいけない。
大貝氏:欧米企業に比べて日本企業のBOPビジネスへの進出が立ち遅れているのではないかというご意見をよく承るが、その一面は確かにあると思う。欧米企業で有名なのは皆、多国籍企業であり、彼らの行っているBOPビジネスは、彼らの国際戦略の中での一つのビジネスという位置づけが為されているのだろうと思う。USAIDやUNDPがかなりマッチングファンドの仕組みや連携の枠組み等を持っているが、日本ではそういう連携の仕組みがまだできていなかったというのも若干遅れた原因の一つかと思う。また、資金面のみならず現地の情報や人的・技術的な面についても、日本政府、JICA、JETRO等でサポートしていければ、あまり欧米企業の動きに惑わされることなく、日本らしく推進していけるのではないかと思う。
原田氏:ここで企業側の意見として、水野氏と中尾氏に社内の反応あるいは受容度、認知度についてうかがいたい。
水野氏:オリセットのビジネスは1990年代前半に商品はあったが、何度か潮目の変わる時期があった。まず、WHOのマラリアの方針が大きく変わった時に大きなチャンスがあった。そこでのトップの強いコミットメントが非常に重要ではないかと思う。その頃は開発者が中心になって個人でWHOとの関係をつないでいたが、2007年に部ができて、1年半経って事業部になり、今や事業部に26名が所属するという形になっている。
中尾氏:リジン、アミノ酸を使った研究というのは実は15年来やっていたが、そのビジネス化が全く進んでいなかった。去年、100周年事業の一つとしてビジネス化しようということになったので、ここで新しいビジネスモデルを作ることができれば、社内浸透の大きな力になるのではないかと考えている。
原田氏:BOPビジネスの問題点について、お話をうかがいたい。
金田氏:企業自身が自社の途上国ビジネスを「ボリュームゾーン・ビジネス」と呼ぶのか、「BOPビジネス」と呼ぶのかで、市民社会側の受け取り方は変わってくる。BOPビジネスであることを自ら宣言した時点で、貧困問題や環境問題を軽減してくれるという意味の「社会性の期待値」が高まるわけだ。自ら高めたハードルをクリアするだけのビジネスモデルが必要となるだろう。
原田氏:USAIDの方にアメリカでのBOPビジネスについてきくと、USAIDは開発ということを念頭に置いているので、BOPビジネスという言葉は使わないということを言われて、日本と随分違うという印象を持った。大貝氏にお聞きしたいのだが、最近ユヌス氏にお会いになったということだが、ユヌス氏はBOPビジネスをどう考えているのか。
大貝氏:グラミン銀行のユヌス総裁はBOPビジネスという言葉は使わず、ソーシャルビジネスという言い方をされている。BOPビジネスというのは、途上国の貧困層からむしろ搾取をするようなビジネスであるという印象をお持ちだ。一方で、ソーシャルビジネスとは、収益を上げても良いが、そこから上がってくる収益を株主の配当に回してはならず、ほぼ全てを再投資に回すというものである。しかし、ユヌス総裁にしても、ビジネスで開発課題に立ち向かうということについては、決して否定的ではなく歓迎している。そこを上手く考えて、BOPビジネスの定義論に固執するのではなく、その企業が、あるいはJICAも連携した形で、途上国で何をやろうとしているのかという中身の話をより念頭に置いて考えていったらよいのではないか。
原田氏:社会性を前面に出すと企業としては少し腰が引けてしまうということが当然あると思う。しかし、それを意識しないと、収奪ではないかという批判も出るし、ビジネスそのものがサステナブルではないのではないか。その辺りについて、水野氏、中尾氏、へイスティングス氏に意見をうかがいたい。
ヘイスティングス卿:私が一番認識したいのは、効果的なビジネス、そして、税金を払っている企業というのは、既に社会のインフラに貢献しているということだ。新興経済国においては、政府の責任は、これは税金を通して果たすのだが、一種の開発アジェンダになっている。
そうすると次の質問に到達する。税金で集めたお金が、地域を開発するために正しく使われることを、どうやって保障するのかということだ。イギリスの国際開発省はここ5年間の投資資源の計画において、ガバナンスに注視している。しっかりした政府が存在して、ガバナンスが上手くいっていれば、民間企業においても大きな役割を果たすことができる。従って、CSRあるいは慈善活動と税金では、それほど違わないと思う。考え方の違いだけなのだ。そして、政府のプログラムが上手くいくということ、もちろんビジネスがきちんと利益をインフラに投資するということも重要だ。
水野氏:実際にアフリカに行くと、間違いなく将来の市場だという感じがする。ただ、上司には、少し長く見てくれということを言っている。また、非常に注意深くリスクテイクしなければいけないと思う。
中尾氏:社会性への取り組みが、企業や社会にとってどのようなメリットがあるのかということを可視化していくことができないと、社内的にはビジネスとして継続していくことはかなり厳しいと考えている。
原田氏:では、このようにしたらBOPビジネスは上手くいくという提案や、皆様の前向きな意見を伺いたい。
ヘイスティングス卿:2015年にMDGsを達成するためには、国連の開発プログラム、ミレニアム・シティのプログラムと一緒に共同で複数の問題に対応することが必要だと思う。ここにいる4社だけが協力して、最も我々の援助を必要としている15~20都市に注視すれば、大きな発展がみられるのではないか。民間企業が簡単に補えないような所は、JICA、DFID、USAID等にやってもらえばよい。
大貝氏: BOPビジネスには、2点重要なポイントがあると思う。一つは持続性をいかに確保していくかということである。もう一つは、双方向であるということである。Win-Winの関係にしていかねばならない。近江商人の「世間よし」は日本企業の誇るべき理念だと思うが、それらを踏まえてPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の考え方をより強化していく必要があると思う。BOPビジネスも、あるいはその先にあるMDGsの解決という分野も、政府と民間セクターということだけではなく、それを取り巻く市民社会の皆様方も一緒になって行動していくということが非常に重要なポイントではないかと思う。
金田氏:BOPビジネスを成功に導くにはモデルの開発に尽きると思う。理論的には、二つの方法があると思う。一つは、BOPに関してはロープロフィットまたはノープロフィットだが先進国で利益を上げることで、企業グループ全体としては利益が上がっているというモデルである。注目すべきはロープロフィットあるいはノープロフィットのところで得られる「レピュテーション」であろう。市民社会がそういったビジネスモデルで頑張っている「企業市民」を「レピュテーション」という無形資産で応援できるかという点が、このビジネスモデルの実現性と継続性を左右する。
もう一つは、長期的な文脈での説明である。最初のうちは社会貢献的な形で持ち出しが出てしまうが、将来的にビジネスとしてきちんと回っていくという形の、ダイナミックなビジネスモデルである。
中尾氏:ビジネスインフラのないところからビジネスを立ち上げていくには、社会問題に取り組んでいる社会セクターといかに連携をとれるかというのが、一番大きな課題ではないかと考えている。ガーナの栄養改善プロジェクトでは、研究パートナーとしてガーナ大学を軸にしているが、昨年の12月には政府機関、NGO、国連機関等の色々な栄養問題に係る方々を集めて、社会課題の現状とその解決策についてのシンポジウムを行った。そういうパートナーと知り合うことが、リスクの分散にもつながり、ビジネスを始めていくときの大きなリスクを軽減することにつながるのではないかと考えている。
水野氏:私もこれからが正念場だと思っている。アフリカでは日本の常識と全く違う常識がまかりとおっている。そのかわり、好奇心のある人にとっては非常に面白い所だというのを知っておいていただきたい。
それから、トップマネージメントの人に、少し長く見てほしいと言うのは非常に大事なことではないかと思っている。また、パートナーをどのように選ぶかというのは、とても大きなキーになる事柄だと思う。
そして、BOPビジネスという風にビジネスという言葉を使うなら、私はやはりビジネスマインドをしっかり持ってやらないと成功しないと思っている。セグメンテーションやニーズ・アセスメント、ブランディング等の部分を本気で考えていかれると、きっとアフリカはおもしろい市場ではないかと思う。
原田氏:最後に、ヘイスティングス氏から纏めの一言をいただきたい。
ヘイスティングス氏: BOPの重要な課題を採り上げて、どのように変革を起こすかということを話してきた。そして、アフリカの将来の経済に対するこのビジネスの重要性というものが示された。アフリカの国々においては、原油資源をはじめとする多くの資源が発見されており、支援を必要とする側から何かを提供できるようになってきている。そして、多くの豊かな国々から経済が富める機会を与えられるという非常に素晴らしい話があり勇気づけられた。
原田氏:今日のキーワードとして、まず、ソーシャルというのが挙げられる。これは、ビジネスとどのように統合するかという意味で、非常に重要なキーワードであった。それから、BOPビジネスというのは、サービスであれ製品であれ、イノベーティブなものであるという要素が大切ではないかという印象を持っている。そして、パートナーシップ。以上の三つのキーワードを元に、次のようなことを感じている。
1番目は、単なる新しいビジネスの戦略ではなくて、イノベーティブな製品、サービスを通して、貧困削減等の社会的課題に資する持続可能なビジネスであると考えてみたらどうか。
2番目は、日本企業としては、本業で社会貢献という発想が極めて強いお国柄であるので、BOPビジネスというのはわりと参入しやすい土壌があるということがいえるのではないか。
3番目に、途上国の人たち、それはBOP層といわれる人たちだけではなくて、もう少し上の人たちも含めて、情報アクセスが非常に難しい、あるいは地理的に非常に悪い条件のところに住んでいる。それから、ファイナンスを受けるには法的信用力がないので非常に苦労されている方々も沢山いらっしゃる。従って、そういう層も含めて、対象となりうるのではないか。
4番目に、CSRというのは基本的にプロセス重視であると私は理解しているので、利益を上げるということについては様々な抵抗批判があり得る。それに対して、BOPビジネスというのは、ビジネスでもって社会課題のソリューションとするという立場である。これは相反するものではなくて、つながっていくものであるという視点から、こちらに参入のチャンスをうかがうというのが非常に重要ではないか。
5番目に、パートナーシップ。これはまさに国連、政府、市民社会、社会起業家等が連携し、非常に可能性に満ちた分野である。
最後に、私はこれが一番大事だと思うが、途上国の人たちは単なる消費者ではない。単なる消費者とみているとサステナブルにはならない。やはりそういう人たちが、ディストリビューターになったり、雇用を得て、まさにステークホルダーの一部として構成要因に入ってくるというのが、一番大事なことではないか。

以上