8月に開催された第5回研究会の報告書を掲載いたします。
【テーマ】アフリカと食糧危機
【講師】村田敏彦氏(FAO対国連連絡調整行政官)
【日時】2008年8月21日(木)18:30~20:30
【場所】日本財団ビル2階 第1会議室
【概要】
1.食糧価格高騰問題の現状
2.FAOの政策
3.日本の課題
4.国連と企業の連携の可能性
5.人間の安全保障
6.国連の仕事について
報告書の内容は「続き」をお読みください。
【写真】8月に開催された食糧安産保障に関する会議にて、正面クリントン元米国大統領、右上村田氏
1.食糧価格高騰問題の現状
■ 食糧問題の重要性
今年は、食糧問題が色々なところで随分取り上げられた。
潘基文国連事務総長は当初、今年は気候変動の年であるという認識をもち、1月はじめには気候変動についてのリーダーシップをとっていくという内容のキャンペーンを行っていた。しかし、3月に突然、食糧価格が高騰しはじめ、その結果ハイチ等の中南米・アフリカ諸国で暴動が起こった。食糧価格の高騰による飢餓の問題は、気候変動よりも差し迫った状況にあり、事務総長としては、急遽プライオリティを変えなければならなかった。そこで、事務総長のリーダーシップにより、ハイレベル・タスクフォース(次項参照)というものが作られた。
7月に日本で行われたG8サミットについても、日本は当初独自のプライオリティを考えて準備してきたが、世界的な動向として食糧問題は無視できないということで、結果的に食糧に関する宣言が一つ特別に出された。更には、9月の国連総会において、22・25日と引き続き食糧問題が話し合われることとなっており、今年は食糧問題が非常に重要な課題であることがわかる。なお、9月22日のハイレベル会合、「アフリカの開発ニーズ:各種公約の実施状況、課題および前途(Africa’s development needs: state of implementation of various commitments, challenges and the way forward)」では、コロンビア大学のアース・インスティテュートとローマの三食糧機関*が共同で、サイドイベントという形で専門家の方を集めてパネルディスカッションを開くことになっている。
* 国連には、FAO(国連食糧農業機関)、WFP(国連世界食糧計画)IFAD(国際農業開発基金)の三つの食糧関係のエージェンシーがあり、それらはすべてローマに本部がある。WFPは緊急援助に特化しており、FAOと国連の共管になっている組織である。IFADは、オイルショックの時に、中東からの資金を使い何とか資金援助して食料問題を解決していこうと始められた組織である。
■ ハイレベル・タスクフォース
ハイレベル・タスクフォースとは、事務総長をトップに、31名で構成されたものである。この31名は、UNEP(国連環境計画)、UNDP(国連開発計画)、ユニセフ、WHO(世界保健機関)、WFP(国連世界食糧計画)、DPKO(国連平和維持活動局)、世界銀行、IMF(国際通貨基金)等の各国連機関に所属する人々であり、事務次長の赤坂氏もメンバーである。
このハイレベル・タスクフォースというのは、国連の全システムを総動員して、気候変動と同じような形で、全力をあげて取り組んでいることを世界の方々にアピールすることを目的としたものである。
■ ローマにおける食糧サミット
「世界の食料安全保障に関するハイレベル会合:気候変動とバイオエネルギーがもたらす課題」
上記の通り、今年3月の時点で食糧問題の重要性が認識されたが、各国の大統領・首相クラスが集まることのできる機会というのは非常に少なく、9月の国連総会を待たずして早急に話し合いを進めるため、昨年12月からFAOが準備を行っていた6月のローマにおけるハイレベル・カンファレンスを、食糧サミットとすることとなった。このカンファレンスのファイナルリポートは、国連のウェブサイト(http://www.un.org /)に掲載されている。
なお、この会合名のサブタイトルとして、気候変動とバイオエネルギーが挙げられているが、昨年12月の時点で既に気候変動は非常に大きな問題となっており、バイオエネルギーの問題も、それと関連して存在していた。FAOとしては、専門家集団として、これらが潜在的に食糧価格やサプライに影響を与えてくることを予測しており、これらを踏まえた上で、準備を行っていた。
■ G8サミットにおける宣言
今回の食糧価格高騰は、気候変動やバイオエネルギーの影響によるものである。気候変動は、作物の生育状況に大きな影響を与えている。また、同じ作物でも食用と飼料用、バイオエネルギー用では、品種や作付が異なるため、今回、バイオエネルギーが注目を浴びたことにより、食用の品種の生産が減り、価格が高騰することとなったのである。
6月の食糧サミットにおいては、参加各国の間で、こうした作物の価格を制限するか否かについて最後まで討議が続き、纏まりがなかなかつかない状態だった。メディアでは当然こうした状態にフォーカスが行くので、具体的な成果が何も出なかったかのような報道がなされた。また、G8サミットにおいても、明確な具体案が出ていなかったという批判も出ている。
しかし、G8サミットの宣言文(G8 Leaders Statement on Global Food Security(世界の食料安全保障に関するG8首脳声明))においては、8番目の項ではっきりと以下のことを述べている。
We have tasked a G8 Experts Group to monitor the implementation of our commitments, and identify other ways in which the G8 can support the work of the High Level Task Force on the Global Food Crisis and work with other interested parties for the next UN General Assembly to realize the global partnership.
我々は、G8専門家グループに対し、我々のコミットメントの実施をモニターするとともに、G8が世界食料危機に関するハイレベル・タスクフォースの取組を支援し、次回国連総会に向けて世界的パートナーシップを実現するために他の関係者と協力することができるその他の方法を特定する任務を与えた。
(訳:北海道洞爺湖サミットウェブサイトより
http://www.g8summit.go.jp/doc/doc080709_04_ka.html)
上記のように、G8サミットレベルで、これだけ明確にサミットとUNが協働していくというのは非常に画期的なことである。次回のG8サミットホスト国はイタリアなので、EUが既にこの7月にもFAOの本部の方に集まり、農林水産大臣レベルでこのコミットメントをいかにフォローしていくかということに取り組んでいる。
■ 「ONE UN」としての取り組み
今年は上記のように食糧問題が注目を浴び、本来的な所管機関であるFAOのみならず、国連システム全体でこの問題に取り組む体制が作られている。これは、一つの機関がばらばらに援助を行うのではなく、無駄を省き、連携した支援ができるようにという、前事務総長のコフィ・アナン氏が始めた考え方である「ONE UN」というコンセプトにも当てはまるものである。
国連ミレニアム開発目標(MDGs)ができた背景においても、実はOECDの中のDAC(Development Assistance Committee)(開発援助委員会)が1996年5月から活動して、MDGsの下敷きとなるものを作っていた。要は、国連機関が独自に動いているのではなく、あくまで開発支援をしているOECDと一緒に、方向性や政策を決めて活動しているのである。実際には、OECDサイドでトレンドセッティングのようなことが行われて、そのOECDの会議に各国連機関の政策担当者が必ず顔を出してお互い意見交換をする形で進められている。
■ 世界全体の穀物の生産量
食糧問題が騒がれだした3月あたりから、実際には今年の穀物の出来高は順調である。価格については、穀物によってかなり違いがあり、石油価格の変化にも連動して、作物ごとにかなり動きが出ている。
FAOのウェブサイト(http://www.fao.org/)の「World food situation」には、米や小麦、大豆、コーン等、すべての穀物の作付やトレンド、価格などの統計が掲載されている。よって、3月の時点で、新聞によっては今年後半の穀物の生産量は良好というコメントを付けているところもあった。こうした情報が表に出るか否かは、報道機関の関心の持ち方によるところが大きい。
2.FAOの政策
■ 食糧価格上昇に対するイニシアティブ
食糧価格の上昇と関連していうと、去年の12月から、Initiative on Soaring Food Prices(ISPF)というものがある。これは、食糧価格上昇に対するイニシアティブという考え方で、FAOのウェブサイト(http://www.fao.org)にISPFに関する情報が掲載されているため、今実際にFAOがこの価格高騰に対してとっている政策の内容をご覧いただくことができる。ここでは、食糧価格高騰で影響を受けた国々(アフリカのブルキナファソ、コートジボワール、マダガスカル、モーリタニア、モザンビーク、セネガル。ラテンアメリカで最も問題になったハイチ)について、これらの国の状況と、FAOのとっている対策が説明されている。また、各国が対策をとるためのガイドラインもここに掲載されている。
■ 遺伝子組換えやバイオテクノロジーの問題
FAOの本部ローマでは、発展途上国の貧しい人たちをいかにして助けるかという仕事とは別に、遺伝子組換えやバイオテクノロジー、農薬等の標準化や輸送の際の梱包材の標準化など様々な基準作りをしている。
また、バイオの問題については、専門家会議によりずっとモニターされ、討議されている。
3.日本の課題
■ 日本における報道と関心の在り方
日本においては、飢餓は差し迫った問題ではなく、一般的にはバイオエネルギーの方に興味がいくようである。ニューヨークから見ていると、このような関心の違いを非常に感じる。
イギリスのエコノミストの記事などを見ていると、この食糧価格高騰を、逆に一つの機会ととらえていることがわかる。これまで、第三世界の生産者は、商品を納めることによりわずかな収入を得てきたが、消費者サイドでは非常に高額な支払いをしていた。こうした利益の偏りがある従来のメカニズムの問題をWTO(世界貿易機関)が解決し、正当な貿易を行って、正当な価格やメカニズムを働かせることにより、生産者の収入が上がり、長年問題とされてきた貧困問題の解決の機会になるのではないかという記事をイギリスのエコノミストは載せているのである。
しかし、日本において、こうした視点を記事にすることは難しい。読者がほとんど興味を持たないのである。
■ 日本の人材育成の問題点
日本では、たいてい有能な人材ほど中に置いておく傾向がある。外に出すと時間的にリスクを負わせることになるし、戻ってきても何の評価もないのである。あるいは、企業から国連に派遣された人材も、何年か来て仕事をした後、元の職場に戻ってから全く違う内容の仕事の担当をするケースも多い。
だが、たとえばロシアの今の外務大臣は、十数年にわたり国連大使を務めてきた人物である。アメリカにしろ、フランスにしろ、イギリスにしろ、中国にしろ、約3年毎に大使が変わる日本と比べて、それぞれの大使の経験年数は長い。こうした経験の長い人物が安全保障理事会常任理事国大使を務めれば国連外交上有利になるのは必然ではないか。
日本ができる貢献というのは確かにあるはずである。しかし、それを積極的に行うだけのシステムというのが、はたして日本の社会組織の中にあるのだろうか。現状を招いているのにはそれなりの理由があり、そうした理由を根本から見直す必要がある。
4.国連と企業の連携の可能性
FAOの事務所では、色々な企業の方から、ビジネスの機会や可能性についてのアプローチを受けることがある。
国連では、企業との関係というとグローバル・コンパクトの話が出てくるが、それよりも更に積極的な考え方として、ビジネス・オポテュニティを見つけようとする動きがあっても良いと思っている。たとえば、ある地域の伐採木を使用してバイオエネルギーを作成するにも、UNDPの協力等があれば、現地の政府での許認可も取りやすい。このような形でもっと、国連を利用するような、国連と一緒に何かを進めていこうとするアプローチがあってよいと思う。
国連には、原子力やイランイラクの問題、食糧問題、健康、教育等、世界のすべての問題をカバーする体制ができている。以前は国連の機関の方でも、メンバーステイツについて対応していればそれでよいという考え方があったかもしれないが、最近はシビルソサエティやNGOレベルでの活動が非常に高まってきており、国際機関の人間と民間の人間がコンタクトをとることによって、国連の中でも更におもしろい機会がでてくるのではないか。
5.人間の安全保障
人間の安全保障(ヒューマンセキュリティ)は、日本がはじめて国際舞台で提供したコンセプトであり、コンセプトのみならずファンディングをつけたというのが非常に素晴らしくて意味のあることである。しかし、当初は発展途上国の非常に強硬な反対により、なかなか広まらなかった。発展途上国はこのコンセプトが、他国による国内干渉の口実として利用されることを警戒したのである。その後、カナダが別のソースで出してきたヒューマンセキュリティの概念とも連動しながら、徐々に浸透しつつある。
この、ヒューマンセキュリティ・ファンドを最初にいただいて、プロジェクトを成功させたのがFAOである。FAOは、支援のタイミングを重視しており、支援として単純に種を送ればよいとは考えていない。その国その土地、その時期にあった種を供給しない限り、結局それが無駄になってしまうのである。これが、FAOの支援が他の援助と違う一つの要素であるが、ヒューマンセキュリティ・ファンドにはそこをよく理解していただき、非常に短期間で、タイミングを合わせて許可をいただくことができた。そして、援助により供給された種をその土地で倍増し、それを貧しい農家の人に配っていくというのがFAOのやり方である。
6.国連の仕事について
■ 国連で仕事をすることの大変さ
国連関係の仕事というのは、勤務状況も大変である。日本の大きな銀行や商社等で外へ行けば、たいてい2~3年でローテーションで戻ってくることができる。一方、国連職員というのは「本国」というものがないのだと、第五委員会(国連の中で人事等の問題を討議する委員会)において言われている。よって、仕事においても、自分の人生においても、非常にリスクの高いところである。しかし、自分を頼りに色々な経験をしてみようという人であれば、本当に自分自身しか頼るものがないというのを実感することができる、非常におもしろい職場である。
■ これまでのキャリアと後進へのアドバイス
UNフォーラムのウェブサイト(http://unforum.org/)に国連職員それぞれの、どのような経緯で国連に入り、何を望んで入りどのような活動をしてきて、これから若い人に向けてどのようなアドバイスをしたいかというようなことが掲載されているのでご覧いただきたい。
報告書作成:田村美樹