東大「人間の安全保障」セミナー報告

去る11月5日、東京大学遠藤貢教授とコロンビア大学地球研究所の協力を得て、東大駒場キャンパスにて「人間の安全保障」セミナー(テーマ:ミレニアム・ビレッジ-MVs)を開催しました。
講師のコロンビア大学医学生ベンジャミン・ボドナー氏が、ガーナとタンザニアにおけるMVsでのボランティア活動から得た経験を通して、「とにかく行ってみなければわからない。ぜひ現地を訪れてほしい」と聴衆に向けて熱いメッセージを送りました。
たとえば、蚊帳配布に関しては、ガーナの村では夜蒸し暑いためなかなか受け入れられず、蚊帳の効果を村人に説明する必要があった一方、タンザニアの村は涼しく苦労なく受け入れられたこと、また自転車支給に関しても、ガーナでは急な坂道が多く自転車での移動は難しかったことなど。現場に行かなければわからない具体的な情報とヴィジュアルで明快なプレゼンテーションに、聴衆からは「役にたった」「悩んでいたけれど将来は途上国支援関連に進みたくなった」などという好意的感想が寄せられました。
冒頭では、ジェフリー・サックス教授、ミレニアム・プロミスCEOのジョン・マッカーサー氏の録画講演も放映されました。
特別ゲストとして、マラウィのルーズベルト・ラストン・ゴンドゥエ大使、ルワンダのエミール・ルワマシラボ大使、セネガルのガブリエル・アレクサンドル・サール大使、ほかケニア、タンザニアの外交官も参加、各大使からコメントをいただきました。
皆様、ご協力ありがとうございました。
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写真は左から、講師のベンジャミン・ボドナー氏、司会の遠藤貢先生、講演中のボドナー氏、セネガル大使。
ビデオ講演内容(翻訳)は「続き」をお読みください。



東京大学「人間の安全保障」セミナー
テーマ: ミレニアム・ビレッジ
2008年11月5日17:00~19:00 
於 駒場18号館4Fコラボレーションルーム#1

【講演】 
講師: ベンジャミン・A・ボドナー氏
コロンビア大学医学部在学中
テーマ:  View from the Ground
【ビデオ講演】
1.講師:ジェフリー・D・サックス教授 
 コロンビア大学地球研究所長。 国連ミレニアム開発目標・パン・ギムン事務総長特別顧問。
ミレニアム・プロミス代表・創設者。
テーマ:Basic Concept of Millennium Villages
2.講師:ジョン・W・マッカーサー氏 
ミレニアム・プロミスCEO
テーマ:Millennium Promise & Emerging Lessons from the Millennium Villages Project
3.講師: ソニア・E. サックス博士 
   コロンビア大学地球研究所・ミレニアム・ビレッジ・プロジェクトヘルスコーディネーター。
小児科医。 公衆衛生学修士。
テーマ:Health Interventions in low income setting
●講師紹介
ベンジャミン・アーウィン・ボドナー 氏
2003年 スタンフォード大学卒業 哲学専攻 ディスティンクション(優等)受賞。 準医学コース ファイ・ベータ・カッパ入会(最優秀学生)。 2004年より コロンビア大学医学部 2009年5月卒業予定。
 2001年 ネパール、カトマンズのカンティパス小児病院にて1ヶ月間研修。2003年米国カリフォルニア州フォスター市ベイショア救急病院にて救急医療に1年間従事。2005年 モンゴ ル・ウランバートルの慈善病院に1か月ボランティアとして勤務。 2007年-2008年 ガーナ、タンザニアのミレニアム・ビレッジ・プロジェクトに半年ずつ、ボランティアとして参加。地域開発プロジェクトの医療コーディネーターらと協働。ガーナでは、ボンサソ・クラスターに滞在。地域医療スタッフの訓練、組織、運営、地域医療施設、遠隔地医療施設への援助、データの集計、栄養不良、妊婦管理、発育促進、リプロダクティブヘルス、HIV/エイズ対策などのプロジェクトに取り組む。タンザニアでは、ムボラ・クラスターに滞在。地域医療への物資供給援助や携帯電話を利用した遠隔医療技術、救急医療対応システムの実施に携わった。
*  *    *
ビデオ講演抄訳】 
(1)ジェフリー・D・サックス教授

テーマ:Basic Concept of Millennium Villages
 北岡伸一会長(東京大学法学部教授・前国連次席大使)と、鈴木りえこ理事長のご熱意とご厚意により、特定非営利活動法人ミレニアム・プロミス・ジャパン(以下MPJ)が、ミレニアム・プロミス(以下MP)のパートナーとして日本で設立されたこと、また、お二人が、日本政府、東京大学、企業の参画を促し、我々の世代における、最も重要な課題である、極度の貧困の解消を目的としたミレニアム開発目標(MDGs)の達成に向けてご尽力なさっていることに深く感謝する。
本日は、ミレニアム・ビレッジ(MV)に関するセミナーの開催をうれしく思う。ミレニアム・ビレッジ・プロジェクト(以下、MVプロジェクト)は人間の安全保障の中核に位置する構想であり、日本政府の多大な支援を得ている。当プロジェクトは、草創期より日本政府と、協力関係にあり、当初の2カ国から10カ国へと発展する上で強力な支援を得た。今秋には、日本外務省の多大な支援により、さらに4カ国が当プロジェクトに加わる。
 MVプロジェクトは、サハラ以南のアフリカの極度な貧困地域へ、人間の安全保障を実現させ、持続可能な経済活動を根付かせる事を目的とした、独創的かつ、実りあるコンセプトであると信じる。このプロジェクトの開始以前、サハラ以南の地域は、電気、安全な飲み水、学校、診療所もなく、低い農業生産性と飢餓という極度の貧困を余儀なくされていた。MVプロジェクトの目標は、MPJを含むMPのパートナーら、また、日本政府、国連、NPO、地域コミュニティー、その他の支援国との連携を通じ、実用的な技術を導入して、コミュニティ自体の参画を促し、極度の貧困状態を改善し、経済発展を目指すものである。
 優先的に行う投資としては、4つの分野がある。1. 農業分野: 食糧の生産性を上げ、付加価値の高い作物を生産する。2. 公衆衛生: 命を奪う疾病の蔓延防止、育児、安全な出産など。3.教育: 就学率の向上、学校施設の改善、給食の提供。4.基本インフラ: 安全な飲料水、衛生管理、電気、安全な調理器具、舗装道路、携帯電話、インターネットの無線接続を通じて、グローバルな情報社会からの孤立状態を脱却するよう努める。
 現在、日本政府を含む様々な支援団体により、最初の5年間は、一人あたり年60ドルを上記4つの戦略エリアに投資し、生産性を高める。さらに、次の5年間は、生産性の向上をベースに、マイクロファイナンス(小規模金融)を通じて、貯蓄、投資、作物の多様化を図り、自立的な経済発展を進めることが可能となる。
 MVプロジェクトは、現在、スタートからちょうど、3年目にあたる。過去2年間は、こうした基本的分野への集中投資が行われた。 農業分野においては、農家に種子や肥料を提供し、生産性の向上がみられた。医療分野では、住友化学等の協力によりマラリア、エイズ、結核の基本的な治療や、簡易な医療施設が設立された。教育分野では、学校施設の改善、教師の派遣、また、給食の提供が行われた。20世紀初頭、日本では、給食の支給が就学率や識字率の向上など教育の大きな発展につながったことを、みなさんもご記憶のことと思います。インフラの整備においては、安全な飲み水の確保、交通手段の整備が行われた。
 MVプロジェクトは、3年目を迎え、さらなる発展に向けて大きな節目を迎えている。
農業分野においては、主要な食物の確保から付加価値の高い作物の収穫を目指す。そのためには、灌漑施設の設置、苗木や新種の作物のための苗床や、畜産を導入して混合農業を行うために養鶏などへ投資する。医療分野では、地域の医療従事者の訓練や、訓練用にも使用でき、また地域の重要な統計情報を記録できるようプログラムされた携帯電話の提供、安全な出産のための緊急外科治療施設の設置、救急医療対策など第2段階への発展を目指す。教育面の次なるステップは、学校にパソコンを設置して、子供たちが、現在世界で使われている技術を学ぶ機会を提供する。さらには、米国や日本、世界の学校をつなぐグローバルネットワークの構築を目指す。インフラ分野においては、電力網の拡大、ソーラーパネルの普及、インターネットの無線接続などの効果的使用が検討される。
  MPプロジェクトの鍵は投資である。投資によって、人々の生産性を上げる。生産性を上げて貧困レベルを脱することが出来れば、二度と貧困レベルに戻ることはないし、援助に依存することもない。より高い技術と生活レベルの恩恵により、収入を得て、将来のための貯えが可能となる。
  日本の偉大な学術界、産業界、経済界によるMVプロジェクトの参加を心から期待している。飢餓や疾病、極度の貧困と闘うため、問題を解決する技術を提供してほしい。地域コミュニティーの参画を促し、我々の最高技術を動員していく一方で、様々な問題を解決するには、パートナーシップが不可欠だ。そうした意味では、日本は世界に手本を示してきた。明治維新後の経済発展戦略や、1960〜80年代には、東南アジア諸国の経済成長を支え、そのモデルとなった。
 次は、アフリカの番だ。日本政府によるMVプロジェクトの支援を心から歓迎する。MVは、人間の安全保障の概念そのものだ。MPJが重要な役割を担うだろう。日本の社会、政府、経済界、市民社会、学術界の方々と連携できることは、非常に名誉である。
 世界の極度の貧困を余儀なくされている人々と活動を共にし、人間の安全保障は机上の空論ではなく、実用的な現実論であることを証明すれば、世界中で貧困からの脱却が可能だ。日本のリーダーシップがあれば、実現できる。日本は、これをすでに達成しているからだ。今度は、アフリカを支援してほしい。 本日は、セミナー開催とご招待いただいたことに感謝する。
(2)ジョン・W・マッカーサー氏
テーマ:Millennium Promise & Emerging Lessons from the Millennium Villages Project
 ミレニアム・ビレッジ・プロジェクト(以下MVプロジェクト)の内容、これまでの実績と今後の方向性について述べる。
 MVプロジェクトは、国連開発計画(UNDP)、コロンビア大学地球研究所、ミレニアム・プロミス(以下MP)のパートナーシップにより2006年にスタートしたばかりだ。最良の実践的なアプローチや提言をもとに、2015年までに国連ミレニアム開発目標(MDGs)の達成を目指す。このアプローチを実践すれば、おそらく、2015年までにアフリカ各地で大きな経済発展がみられるだろう。すでに確立した技術に、わずかな財政支援をプラスするだけで劇的な発展を生み出す。初期段階においては、肥料、新しい品種の種子、持続効果のある殺虫剤処理済みの蚊帳の普及や、学校給食を提供、診療所の機能改善、治療薬、安全な水の確保などは、すべて、実際的かつシンプルな手段だ。しかしながら、現状では、ほとんどの場合、これらを最も必要とするアフリカの遠隔地に、このような手段は存在しない。MVプロジェクトは、こうした基本的な考えを用い、地域コミュニティーにおいて、飢餓の撲滅、教育の向上、ジェンダーの平等、安全な水の確保、感染症対策を包括的な方法で進めるものだ。
 MPプロジェクトは、当初10カ国(ガーナ、マリ、ナイジェリア、セネガル、エチオピア、マラウイ、タンザニア、ケニア、ルワンダ、ウガンダ)で始まった。これらの国の「飢餓の多発地域」の特徴は、極度の貧困と栄養失調や低い生産性だ。しかし、基本的な取り組みを通じて、大きな改善が可能というのが、プロジェクトのスタート時の仮説であった。MPは、2005年末、MDGs達成にむけて実践的な行動を支援するために設立された。パートナーであるコロンビア大学地球研究所は、科学的領域におけるリーダーシップをとる。国連開発計画は、実行や政策段階でのイニシアティブをとる。
 このプロジェクトのユニークな点は、現地において、その国の地域住民自身が大きな役割を果たすことだ。農業や様々な取り組みに参加経験のある地域の住民をリーダーとして、地域住民の自立を促すためのツールを提供し、包括的なアプローチで彼ら自身がMDGsを達成できるよう支援する。
 1年内に、地域住民は、わずかな外部の支援を受けただけで、農業、保健、教育、インフラの分野で大きな成長と遂げた。わずかな肥料と新しい品種の種子を用いることで、主食としている穀物の生産性が向上し、1ヘクタールあたりの収穫高が1トンから3トンに増えた。全体で、約50万人が住むMVでは(現在80のMVがある。一村に少なくとも5000人が生活する。)肥料や種を使用しただけというシンプルな方法で、一回の生育期に収穫量が2倍、3倍に増加した。
 また、住友化学が開発した蚊帳の普及が、マラリア疾病対策をはじめとする疾病対策に大きな変革をもたらすことが証明された。たったの数か月間、30万帳以上の持続効果のある殺虫処理をした蚊帳が使用されただけで、マラリアの罹患率が大きく減少した。
 MVプロジェクトが開始した年に、世界の他の地域では、いかにしてMDGs達成するかについての検討がなされていたさなかに、MVでは、約50万人の規模で、その達成方法を実現してみせたのだ。
 豊作の年には、食糧生産の増加により、地域で生産された作物を使って、学校給食の支給が可能になった。2008年初めには、7万人以上の児童に給食が毎日届けられた。農業生産の改善が非常に大きな恩恵を生み出すことの一例である。
 診療所が建設され、また、改築されたことで、地域住民は、そこに行けば、医療サービスを受けられるのだと自信を感じ、積極的に家族みなが診療所へいくようになった。
 学校も建設、改築された。給食の導入効果もあって、就学率は、MV全体で、平均して、約20%向上した。短期間に初等教育における就学率の大きな改善につながった。
 地質調査も行われ、井戸の掘削のために、どこに最良の水資源があるかの特定が行われている。安全な飲み水の確保はコミュニティーにとって大きな恩恵である。
 短期間(1年以内)で、収穫率の向上やマラリア発症率を大幅に減少できたことは、コミュニティーに大きな恩恵と活力をあたえた。そして、2年目にして、給食の供給、安全な飲み水の確保、就学率の改善がみられた。
 以上がMVプロジェクトにおけるこれまでの実績である。現地の人々に基本的ツールと少しの権限をあたえ、参画を促すことで、数十万人という大規模な数の住民に結果をもたらすことが可能であるという教訓を得た。
 現在、MPプロジェクトは、いかにして、持続的な成長をはかり、所得を生み出すかを検討中である。地方政府との密接に連携をはかりながら、第1段階(1~5年)の成功を基盤として、第2段階(6~10年)における発展を目指す。現在我々は、第1段階の中間地点に位置する。2011年には、第2段階に移行する。次なる段階へ移行するために、最良で利用可能なサービスを、どの手段で地域に届けるか、また何をすべきかを検討し、さらに、国際機関や先進国のドナーが現在遅れている約束を実行することを確実にする努力をしている。
 MVプロジェクトの中核的提案の一つは、年間に1人当たり、60ドルを支援することであるが、これは4つの優先項目の中身を鑑みれば、非常に少額である。しかしMVの存在するアフリカの国々がいかに貧しいかを考えれば、この投資額は大きい。同時に、この金額は、国際機関がこれまで定めた支援額を大きく下回る。2005年に、G-8サッミットでは、2010年までの一人当たりの援助金額を85ドルとした。基本的な資源やツールがなければ、MDGsの達成はありえないという現実を目の当たりにした。どんなに懸命に働いても肥料や新しい品種の種子、蚊帳がなければ、農業生産性は向上しない。日本は、100年ほど前、低い農業生産からの脱却を遂げた。一貫した政策と投資を通じ、灌漑施設など、水の管理を行い、農業生産の拡大を図り、疾病対策を講じて、インフラや社会基盤への投資が行われた。
 ビジネスの面における現在の優先事項の一つは、収入源の多様化を図るために、付加価値の高い穀物生産へ移行することだ。 3年連続で余剰収穫が得られたことにより、とうもろこし、米、麦、カサバなどの主食から、フルーツや野菜などへ多様化を図る。こうした品種は市場で高い値段で販売できる。ヒマワリの種を、輸出することさえ可能だ。地域レベルで投資家らと話し合って、新たに得られた食糧や余剰を活かして、より付加価値の高い作物への投資を促し、収入を増やして、持続性のある経済成長を目指す。
 次の段階へ移行する中で、さまざまな技術的課題がある。その一つが小規模な灌漑施設の設置である。地理的条件の困難さゆえ、天水栽培による農業が中心のサハラ以南の地域(特にマリやケニア北部)では、農業用水の安定的な確保ができない。安定的な農業用水の確保は、主要農作物の生産性の向上をベースとして、作物の多様化を図るうえで欠かせない要素である。
 以上がMVプロジェクトの現在の概略である。MDGs達成にむけて、第2段階へと移行している。現在、MVは、勢いづき、熱意にあふれている。村レベルから地域レベル(ミレニアム・ディストリクト)へと拡大しようとしている。
 最近、MDGsの達成に決意をしめすウガンダの国会議員らと会談した。 その後、自分たちの選挙区にミレニアム・ビレッジの導入を望むウガンダ国会議員から、私は多くの手紙を受け取っている。また、人口の多いナイジェリアは、別の州にMVを拡大することに意欲的である。ルワンダでは、国家成長戦略としてMVを30の地区に拡大する。マリ政府は、国内初のMVの成功に触発され、食料確保が最も困難な200万人の住む貧困地帯に、MVを導入する計画だ。国際社会からの財政支援は遅れているのが現状であるが、マリ政府は、MVが数十万人規模の村だけでなく、
数百万人規模の地域で成功することを国際社会に示そうとしている。
 サハラ以南のアフリカの人口は、7億人であり、3分の2の人たちが都市から離れた遠隔地で生活している。つまり、アフリカの5億人に、この基本的かつ包括的な取り組みを拡大する必要がある。よって、現在我々がたどり着いた道のりは、まだ、1000分の1にすぎない。(現在MVには、50万人が生活する。) しかし、MVプロジェクトは、その重要性を示した。
 日本政府は、MVプロジェクトの推進において重要なリーダーシップを示している。2005年当初から10カ国へ拡大するプロジェクトを支援している。今年のTICAD(第4回アフリカ開発会議)においては、日本政府が、モザンビーク、マダガスカル、ベナン、カメルーンにさらに支援を拡大する発表したことをうれしく思う。MVプロジェクトは、日本の人々、政府、企業がリーダーシップをとって、この基本的な実例を、さらに大規模に実践できるシンプルなコンセプトである。というのも、これは、最も貧しい地域に、基本的な支援を包括的な方法で、提供するオープンソースな技術アプローチだからだ。
 MVプロジェクトは、ほんの数年前にひとつのアイディアとして始まった。このアイディアが、パートナーシップを通じ、開かれた協働によって、大きな成功につながったことを誇りに思う。さらなる飛躍にむけて、世界中の政府、企業、市民、大学との連携により、MDGs達成に向け、大きく拡大することを望む。
(3)ソニア・アーリック・サックス博士
テーマ:Health Interventions in low income setting
  サハラ以南のアフリカでは、5歳未満の子供の5人に一人が、死亡している。子供の死亡率や罹患率が非常に高い。また、9人に1人の女性の妊娠、出産による死亡率も非常に高い。こうした死亡は予防が可能であり、また治療方法も確立している。しかし、こうした地域では、適切なアプローチが存在しないため、医療サービスが受けられない。
 子供の高い罹患率と妊婦の高い死亡率の原因は、次の3つである。しかし、これらに対して介入はしやすい。過度な疾病負荷の80%は、①感染症 ②栄養不良 ③出産における安全性の欠如である。①感染症について。すでに世界には、確立した予防と治療法がある。エイズ、結核、マラリア、下痢、呼吸器系疾患、寄生虫症、ワクチンによる予防可能な疾患に対しての治療法は存在している。②栄養不良について。鉄分、ビタミンA、亜鉛、タンパク質、カロリーの欠乏によるもので、これらも、適切な農業分野の介入により予防が可能だ。 ③出産における安全性の欠如。現在、出産の多くは、簡易な住居で、医療従事者の介添えなしに、伝統的な方法で、親戚らの援助により、医療器具なしに行われている。分娩停止や大量出血など緊急事態への備えがない。若い女性にとって、出産は、生命の危険を伴うものである。
  公衆衛生分野における、MVプロジェクトの介入は、①医療サービス外の領域と②医療サービス内の領域、2つに大別できる。
① 医療サービス外の領域において。
A. 食料生産の増加。これが最も大切なことだ。なぜなら殆どの疾病の背景に栄養不良があるからだ。適切なカロリー及び微量栄養素の摂取によって、疾病に耐えられる。B.安全な飲み水の確保。不潔な飲み水は、子供の高い罹患率、死亡率の原因となる下痢を起こす。しかし住民の多くは、安全な飲み水の入手に徒歩で数時間をかけている状況だ。C.インフラの整備。子供が重篤な状態に陥った時、また、母親が分娩停止による難産の状態になった場合など、緊急対応の手段(通信、交通など)が皆無である。
 ②医療サービス内の領域においての介入。
現在、アフリカでは、その他の各種サービス同様、公衆衛生サービスが届くのは、第2都市レベルまでだ。行政の資金不足が原因だ。「ラストワンマイル問題」(※ユーザーへの最終工程におけるプロバイダー側からの困難な課題をさす。)という言葉があるが、こうした地域では、診療機関が皆無であり、適切な医療サービスが受けられない。 MVでは、行政、専門家、支援者と連携し、地域当事者による意思決定プロセスを得て、徒歩圏内での実現可能な医療サービスを模索している。具体的例としては、基本的に、各家庭から徒歩2時間内に5000人を対象とした診療所を1つ開設し、医療従事者を配備し、基本的な治療薬や医療器具を備える。また、診療所から病院への紹介制度を確立し、重篤な症状の患者の対応ができるようにする。 しかし、現在、MVの存在するすべての国において、多くの場合、こうした病院には、電気、水道、スタッフ、手術室、治療施設や薬が常備されていない。そこで、基本的に、10万人を対象とした病院においては、24時間体制で医療スタッフを常駐し、手術室を設置し、水道と電気を確保して、緊急対応(分娩停止による難産の場合、帝王切開が可能)ができる設備を整えている。また、1000人を対象とする診療所においては、簡単な手術ができる施設の設置に努めている。
 子供の死亡率改善に非常に大きな影響をもたらすのが、地域ヘルスワーカーの存在である。現在、アフリカでは、50%の優秀な医師らが卒業と同時に海外に渡ってしまう頭脳流出が起きている。地域ヘルスワーカーは、大半が農業従事者であり、訓練を受けておらず、組織に所属していない。治療に必要な施設や医薬品もなく、無償で数時間、働いているのが現状だ。MVでは、彼らを医療専門家として訓練する手助けをしている。このアプローチは、世界保健機関(WHO)など国際機関の高い評価を受けている。地域に、より豊かな生活をもたらす即効性のある方法だ。こうした地域ヘルスワーカーは、必要な訓練や技術を身につけると、直接、各家庭に働きかけるので、大きな影響をもたらす。具体的には、新生児に必要な栄養摂取や、家族計画、衛生管理などについて家庭と直接話し合う。また、経口補水療法(*脱水症を緩和する治療)によって、下痢などの疾病予防ができる。また、マラリア対策においてもマラリア治療薬を用いて、家庭において治療が可能となった。
 こうした公衆衛生のサービスは、無償でアフリカ大陸全土に提供されるべきである。有償の場合、わずかな額でも、サービス拡大の妨げとなるからだ。
 マラリア予防において、持続効果のある殺虫処理済みの蚊帳の普及に大きな貢献をしたのが日本だ。マラリア感染地域のすべての人がこの蚊帳のもとで安眠すべきだ。蚊帳の普及だけでも、マラリアによる罹患率、死亡率が大きく減少した。
 MV内における地域ヘルスワーカーによる新たな介入方法としては、その他に、パソコンの導入がある。スウェーデンのエリクソン社の協力により、インターネットをつなぐことで、必要な情報を、学校や地域コミュニティーに伝達できた。また、ヘルスワーカー各自が、携帯電話を使用することにより、緊急時の対応ができ、データの集計作業が可能になった。また、チェックリストを用いて適切な指導も行うことも可能になった。例えば、妊婦への質問は、ギョウ虫駆除、マラリア予防、鉄分の接取など、適切な妊婦管理ができているかなど。また、1歳の子供であれば、必要な予防接種はされているかなどの質問をする。特別な機能をもった携帯電話の使用により、様々なことが可能なった。
  現在までの実績については、時期尚早ではあるが、初期段階の成果は、MVで大量のデータが集計できたことだ。人口統計調査、社会、経済状況調査、保健や栄養調査、エネルギー、水の供給の調査、マラリア・貧血・微量栄養素欠乏症に関する血液検査、 検便、尿検査、身長、体重検査などを行った。その結果、MVの大半の子供たちが、栄養不良であった。約50%の子供たちが重度の発育不良を起こしていた地域もあった。ケニアやマリの村において、食糧の改善や、浄水の設置、また、住友化学が開発した蚊帳を配布したところ、マラリア予防に大きな改善がみられた。ケニアのサウリでは、18か月でマラリアの罹患率が78%減少した。マリでも同様の結果が得られた。
 いかなる取組みにおいても、監視、評価システムの構築は欠かせない。地域コミュニティーと共に、月ベース、四半期ベースで各プロジェクトの進捗を調査している。
 また、MVでは、すべての住民(特に5歳未満の子供や妊婦を重点的に行う。)の死亡理由を把握するために、地域ヘルスワーカーによる口頭の死亡原因調査が行われている。マラリアが原因か?栄養不良か?分娩停止か?また、さらに踏み込んで、家庭や身の回りの環境など、間接的な死亡原因の調査も行う。通信手段がなかったのか?経済的な理由か?など、予防可能かつ回避可能な死亡に至った原因を解明する。通常の疫学における調査とは異なり、われわれは、こうした調査を管理上のツールとして使う。ヘルスワーカーがこれらの担当者となって、他の医療スタッフと毎月ミーティングを行い、さらなる改善の方法を模索している。
 学生のみなさんに、以上のような地域レベルにおける包括的アプローチによる介入に興味を持って頂けばとてもうれしく思う。また、このアプローチがサハラ以南のアフリカ地域に変化をもたらすことができると信じている。
     (文責 ミレニアム・プロミス・ジャパン)