「人間の安全保障」セミナー ミレニアムビレッジ体験談

Ben-s.jpg去る11月5日に東京大学駒場キャンパスで開催された「人間の安全保障セミナー」(テーマ:ミレニアム・ビレッジ)の講演内容を翻訳しました。なお、ジェフリー・サックス教授、ジョン・マッカーサー氏(ミレニアム・プロミスCEO)のビデオ講演内容は、すでに当ホームページ上に掲載済みです。ご関心のある方はご確認ください。
ベンジャミン・ボドナー氏 講演内容 
平成20年11月5日(水)
人間の安全保障セミナー テーマ:ミレニアム・ビレッジ
東京大学駒場キャンパスにて
演題: 現場からの視点(View from the Ground )
 本日皆様にお話し申し上げる機会を与えられました事は、私にとりまして、誠に名誉なことでございます。東京大学、遠藤貢教授、ミレニアム・プロミス・ジャパン、及び 鈴木りえこ理事長に厚く御礼申し上げます。
 私は、今、お話しされた専門家らとは異なる視点からお話をしたいと思います。 まだ、学生でありますので、もちろん専門家ではありませんが、幸運なことに、ミレニアム・ビレッジで一年を過ごし、現場で経験を培うことができました。
 ですから、私は、政策について論じるのではなく、人間の安全保障や国際開発に興味を持つ学生たちへのメッセージとして話をしたいと思います。
 私の究極のメッセージは、まず、「アフリカを訪れよう。」というものです。実際に現場で働くことです。面倒なことの一つは、そのための準備でありますが、ひとたび現地にいけば、とても歓迎され、活動に深く係ることが可能です。現地から遠い場所で情報を得るのと比べ、現地で貴重な経験をする事は、色々な点で重要です。 その一つは、米国や日本の豊かな環境からは、入手不可能な情報が得られることです。そういったことは、途上国に実際に行かなければ分かりません。


 開発国での経験から学んだことの一つは、途上国に対して、先進国にいる我々が、先入観を抱いているということです。途上国の人たちは、文化が違うから、我々とは、別の考え方をすると思いがちです。しかし、実際感じたのは、まったくその逆です。彼らも同じ価値観を持ち、同じような考え方をするのです。ただ、我々先進国に住む人間は、幸運なことに多くのことを当たり前としてとらえています。ですから、問題解決にあたって、当たり前と思っていたことがいかに思い込みであったか気づいていません。しかし、ひとたび、途上国に足を踏み入れれば、当たり前だと思っていたもののうち、何が実際そうでなかったかが分かり、現実の状況を正しく理解できるでしょう。そうした先入観がなくなれば、我々同様、平均的なアフリカ村民は、(タンザニアの村人を例にあげれば、)問題解決において、同じ結論に至るでしょう。
 現地での経験がなぜ必要であるかというもう一つの理由としては、開発プロジェクトが各場所に適した、独自の詳細な対策を必要としていることです。サブサハラ以南のアフリカ地域や開発地域には、数え切れないほどの細かな違いがあります。たとえ、違いが書かれているリストを目の前にしても、実際にそこで生活して、現地の視点で捉えなければ 一体どの違いが、日々の生活に影響を与えるのか、また、開発プロジェクトの介入を計画する場合に、どの違いを考慮するのが重要なのかを理解するのは不可能です。
 具体的に説明します。まず、これは、サブサハラ以南のアフリカ地域におけるミレニアム・ビレッジの地図です。
MV-map.jpg 
農業地域とその基本作物が色別に示してあります。ガーナでは、カカオ豆が、タンザニアではトウモロコシが生産されています。この2つの地域で、私は活動をいたしました。こうした情報は、とても重要ではあり、遠くにいても入手できます。しかし全ての状況を伝えるものではありません。以下は、ガーナ全体の地図です。
ashanti.jpg
bonsaaso.jpg
もっと、詳しく見ます。これは、ボンサソ・クラスターの地図です。緑色の部分がクラスターです。比較的人口が多いことが分かるでしょう。
 
道路設備、医療施設の場所や、計画予定の医療施設の場所が示してあります。しかし、この地図では見えないことがあります。現地の医療施設があるケニアゴという村と、隣村のジジテレッソの間には、 低地の道が長く続いているのです。
写真-川.jpgですから、ガーナの雨季、(この写真は、実際、2007年秋の終わりごろですが、)道は、このようになってしまいます。距離でいうと2キロに渡って、完全に浸水してしまい、トラックでの往来は不可能です。他のクラスターから、その村の大部分が孤立してしまいました。これは、商用で、村人が大きな町に移動しようとしているところです。水の中を歩いたり、深みでは、泳いだりしています。ここで、道路が遮断されてしまったために、クラスターの住人の3分の1にあたる約1万人が ケニアゴにある一つの医療施設とアグロサムにある地域の中央医療施設に行くのが困難になりました。ここにたどり着くためには、地図にはない小さな道を通るか、または、迂回せねばなりません。このことは、村人だけでなく、クラスターヘ物資を支給する上で、プロジェクトにとっても問題であること示しています。状況を把握している現地スタッフがいなければ、適切な準備をすることが出来ないのです。
写真2-山並.jpg 更に、その現場ならではの経験から学んだことがいくつかあります。これは、ガーナで、午前6:30頃、森を抜けて、ジョギングしていたときに、丘の上から撮影したものです。
写真3-平地.jpgこちらは、タンザニアのクラスターの近く、同じく丘の上から、午後撮影したものです。
さて、現地での経験を培うことがいかに重要かということに関しですが、ここでみなさんに、質問します。どちらの地域で、マラリア対策の蚊帳がより早く使用され始めるでしょうか? 私が、ヒントを差し上げなければ、地図やこちらの写真を見ても答えはわからないでしょう。しかし、この写真から判るように、タンザニアの多くの地域は、比較的、乾いた気候で、標高1000メートルの高地に位置し、夜間は涼しく、快適です。一方のガーナは、湿度が高く、熱帯雨林の気候です。現地にいってすぐにわかりましたが、夜間は、扇風機がなければ、不快で寝苦しいのです。村人たちには、扇風機がないだけでなく、一つのベッドを3-4人が共有します。よって、蚊帳を配布するためにこの2つの地域に、同じ説明をしても、夜間の温度が高いガーナでは、涼しいタンザニアに比べて、蚊帳が使用されにくいのです。しかし、村人たちが、経験を積み、いかに蚊帳が疾病対策に役立つかをひとたび理解すれば、すぐに、蚊帳の使用を開始します。蚊帳を使うことで、より暑くなり、不快であっても、積極的に使用します。実際現地に入ってみないと、こうした違いは分かりません。
 もう一つは、地域ヘルスワーカー役割です。基礎的な医療介入において、地域の村人(ヘルスワーカー)を訓練するプログラムです。地域の医療施設に行かなくても、村人たちが基礎的な医療が受けられるようするためです。
 地域ヘルスワーカーが係わったプロジェクトの多くは、東アフリカで行われましたが、彼らは、自転車を供与され、またそれが彼らにとってもインセンティブとなり、自転車に乗るヘルスワーカーの姿は、彼らを象徴的するものでした。タンザニアから、西アフリカのガーナといった地域へ、地域ヘルスワーカーによるプロジェクトを拡大する際にも同様に、自転車をインセンティブとして供与しようと考えるかもしれません。しかし、写真でお分かりのように、ガーナは、熱帯雨林地域で起伏に富んだ土地であるため、自転車の使用は適しません。平坦で低地の多い地理的条件をもつ東アフリカようには、自転車は普及しないのです。
 この写真は、ガーナの奥深い森林の中にある携帯電話塔です。受信範囲は、広くありませんが、ガーナのこのような奥深い森林でも、携帯電話塔はあります。
写真4-Ben鉄塔.jpgこれは私がその電話塔に登っているところです。 先入観により、このような先端技術が存在すると思っていなかったのですが、このような人里離れた場所でも、現実は違うのだということが、この電話塔に登って、はじめてわかりました。
 それでは次に、私のボランティア活動の内容についてご説明したいと思います。基本的に、私は、医療コーディネーターの助手を務めました。
ミレニアム・ビレッジ・プロジェクトは、画像5-8Goals.jpgこのリストに示してある、ミレニアム開発目標の達成にむけて支援するものであり、医療コーディネーターは医療分野に関わる目標を達成することです。具体的には、4.乳幼児死亡率の削減、5.妊産婦の健康改善、6.HIV/エイズ、マラリアや結核などその他の感染病の蔓延防止です。
 プロジェクトを進める上で非常に大事なこと、そして 学生ボランティアとして 特に医療分野のプロジェクトに係る中ですぐに学んだことは、これらの3つの目標達成は、ほかの目標達成とは切り離せないものだということです。1の極度の貧困と飢餓の撲滅は、主に農業に関係した取り組みであり、作物の生産拡大の領域ですが、同時に栄養面での取り組みも必要です。そして作物の多様化や適切な栄養についての助言をもらう医療専門家が必要です。2の普遍的初等教育の達成については、子供たちが健康でなければ、学校へ行くこともできないのは明らかです。3のジェンダーの平等の推進と女性の地位向上については、妊娠、出産における問題があるため、女性は特に大きな疾病負担を強いられています。ですから、こうした医療における問題の改善をみなければ、どの開発目標も達成することは出来ません。逆に言えば、医療以外の分野における開発目標達成を目指す人たちは、自らの目標達成には自分達も医療分野に関わる目標達成を助ける必要があると感じるでしょう。
 私の仕事についてもう少し具体的に申し上げますと、わたしは、患者を診る臨床医となるべく教育を受けておりますが、村においては、臨床の仕事ではなく、公衆衛生や物資の供給及び組織化の仕事に関わっておりました。
6写真-物資.jpg  物資の供給における仕事では、(写真にあるような)抗マラリア薬、抗生物質、コンドーム(箱の中)といった生命にかかわる医薬品を、地域の販売店から(この場合は、ガーナにある、クラスターから、地方都市クマシから悪路を、数時間かけて)、このクラスター内に届けていました。   
 この写真は、村の教会の中ですが、母親と子供たちに2人のヘルスワーカーが出張医療活動を行っています。7写真-Meeting.jpg
8写真-Meeting.jpg また、私の仕事には、スタッフの管理も含まれていました。医療分野の目標達成にむけて、多くのスタッフが多くの仕事をもっています。問題は、いかにしてこのような人たちをまとめていくかです。ヘルスワーカーや農業スタッフが、数百平方キロメートル以上 の場所に、多くの場合、携帯電話なしで、点在しております。スタッフの管理や物資を供給方法、データの集計方法、スタッフと地域への教育の方法、メッセージを地域に伝達する方法、外部からの情報を入手する方法などを考えていかねばなりません。
この写真は、私が2007年12月にガーナのクラスターを去る前に、医療スタッフ全員の姿を撮ったものです。
皆が揃うのも一年に一度ほどの中で、こうした数の人たちを組織化するのは困難であることがお分かりでしょう。
 私が係わったもう一つの分野は、携帯電話を使用した医療活動です。最も人里離れた遠隔地においても、また、基本的物資が普及していない場合でも、携帯電話のような先端機器は使われています。地域で、教育を普及させ、情報や医療技術を伝達し、治療を行うために、携帯電話やパーム・パイロット(米国製小型情報端末)を活用して、今後多くのプロジェクトがすすめられねばなりません。
9写真-Meeting.jpg  これは、タンザニアでの写真ですが、中央には、ボランティアが写っています。
我々は、彼にわきにちょっと来てもらって、パーム・パイロット・プログラムの使用方法を教えています。小型の情報端末を使用して、下痢やマラリア防止といった基本的な疾病の防止ために、基本的な医療教育や説明をおこなうプログラムです。そして、彼に、他の村の友達にこのプログラムを紹介してもらうよう頼んでいます。彼は直ちに興味を持ち、 これを村に持って帰りたいと言いました。
 以上のことは、私が行った活動ですが、かならずしも途上国で仕事をおこなうことの全体像を伝えるものではありません。私は、医学生ですので、医療業界の人たちには、医学的な内容にたとえて、その活動を説明します。「途上国で仕事をすることは、神経外科のようなものでなく、停電下で、頭痛薬を処方することだ。」と言います。必ずしも、難解な物理学のなぞを解明するようなことではなく、 実証済みで、有益かつ重要な介入を行うものである。自分以外の誰もが踏み入れるこのできなかった場所で自らが介入を行い、地域の人たちにとって、基本的なこと行なうために必要な資源を提供することだと説明します。
 つまり、途上国での日々の活動というのは、必ずしも、英雄的なものでも、アフリカのジャングルの奥地に行くような映画のシーンのようなものでもありません。私は村で活動してはいましたが、多くの時間を事務所で過ごしました。私の任務は、データ入力や、エクセルを使った表や教育関連の書類作成が主でした。途上国へ行く準備をする上で、このことを心に留めておくこが重要です。想像しているようなすごく魅力的な仕事にならない場合が多いのです。
 最後に、途上国でボランティア活動を行う上で、わずかばかりの助言をさせていただきたいと思います。これは、ミレニアム・ビレッジのみならず、他の状況にも当てはまります。まず一つは、もしあなたが、興味をもっているなら、また、 少しでもやる気があるなら、やってみることです。最大の困難は、今の満ち足りた生活を抜けだし、途上国で仕事をするということだと思います。しかし、ひとたび足を踏み入れれば、素晴らしい経験となるでしょう。
 また、もう一つ理解してほしい重要なことがあります。特に、米国のような先進国においては、開発の仕事をキャリアとして選ぶということは、 一般的には、弁護士や、(今や銀行家というのは当てはまらないかも知れませんが(笑)、または、実業家といった高収入が得られるキャリアを諦めることになります。収入が減っても開発に携わるというのは、特別な人たちの選ぶ道なのです。
 途上国によって、状況は異なりますが、ボランティア活動や開発グループから得られる収入というのは、途上国においては、非常に高額になる可能性があります。私は、開発に関わっている途上国の人たちが、貧困から地域の人を救いだすことに対して全力投球しているわけではないとか、興味をもって取り組んでいるのではないと述べているのではありません。 しかし、一部の人たちは、仕事として、高収入が得られるから、開発の仕事に関わっているのです。
 私は、これを「開発観光業」と名付けています。グーグルで「アフリカ」「ボランティア」をキーに検索すると、ボランティア活動の機会を紹介する無数の団体のサイトがみつかります。しかし、基本的に、すべての団体は、「授業料」もしくは「料金」を要求します。そして、その額は、たいてい、とても高いものです。そしてボランティア活動を一まとめにビジネスに近い形で提供し、ボランティア達を途上国に連れて来ることによってお金をもうけているような団体も時にはあります。こうした状況がすべてではありませんが、ボランティアの機会を求める場合、注意すべきことです。そしてこのような状況が、海外ボランティアたちと現地でプログラムを実施する側との間で、お互いの期待に食い違いを生むこともあります。 
 最後にまとめさせてもらいます。医学の世界での教訓ですが、ラテン語で “ Primum non nocere”、「肝心なのは、害をなさぬこと。」という言葉があります。誰も傷つけないことが一番大切だという意味です。途上国で仕事をする場合は、これを2つの意味で、心に留めておくとよいでしょう。 (心に留めるべき)一つ目の点は、途上国では、しばしば「持続性」ということが取り上げられますが、まるで元から存在しなかったかのように、自分や自分が持ち込んだ資源が開発地域を去ってしまえば、そこに行って活動しても、その地域のためにはならないということです。 ボランティアとして仕事をする場合、自分が必ずしも、持続性のある資源ではないことを覚えておかねばなりません。仕事はするが、いずれ仕事を引き継ぐ人がいないのであれば、自分がどこまでやるのか考える必要があります
 2つ目の点ですが、 ボランティアが害をなすケースがあるということです。途上国へ行くと、私たちの多くは、素晴らしい歓待を受けます。現地の人は、親しみやすく、優しく応対してくれます。ボランティアとして仕事をする場合も同様です。ボランティア団体の一員として現地に行くと、受け入れ側の担当者は、ボランティアが快適に過ごしているかとても気遣います。自分たちの仕事の時間さえ使って、一緒に過ごし、快適かどうか確かめようとします。大事なことは、できる限り、人に頼らないことです。助けが必要なことももちろんあるでしょうが、みなさんの個人的な必要性を満たすために、彼らの仕事時間をつかうようなことは避けるべきです。
 最後に一言。現実的な期待を抱くことが重要です。「地球を救いたい。」と思うのは、結構なことです。わたくしもそう思います。しかし、数か月アフリカで過ごしたからといって、地球が救えると考えるのは理にかなっていません。
 開発問題の解決は非常に複雑で、困難です。活動の経験の中には、自分が思い描いていた目標達成につながらない可能性のあるも必然的に含まれます。活動の上で、抵抗にあうこともありますし、時には、いらいらすることもあるでしょう。現地へ行くのをやめる必要はありませんが、こうしたことを頭に入れておくことです。現実的な期待がないと、いらいらして、あきらめたくなります。現実的な期待を持つことが重要です。
 重ねて申し上げますが、行きたいと望むなら、ぜひ、行くべきです。とても素晴らしい経験です。ご静聴ありがとうございました。