MPJユースは2月10日~2月26日の日程でガーナ研修を実施しました。
内容は主に3本の柱、現地機関訪問・ミレニアム・ビレッジ、Bonsaasoでのホームステイ・現地大学生との国際学生会議から成り立っています。
本稿では、エンクルマ記念公園・野口英世記念医学研究所・ボンサーソ村への訪問についてこの度完成したばかりの研修報告書から抜粋してご紹介したいと思います。(報告書の完全版へのリンクは本稿の最後に記載してあります)
エンクルマ記念公園
私たちが最初に視察を行ったのは、今からちょうど60年前の1957年にガーナを独立に導いた大統領、クワメ・エンクルマの記念公園(Kwame Nkrumah Memorial Park) だ。ガーナを観光するとしたらきっとここは欠かせない観光スポットだろう。
この公園内にエンクルマと彼の妻の遺体が埋葬されている。記念公園自体が広大な敷地を有していて、敷地内ではガーナの独立やエンクルマに関する貴重なものをたくさん見学することができた。1966 年に軍事クーデターが起こり、エンクルマがギニアへ亡命したのちに倒されてしまったエンクルマの銅像も、頭と胴体が分かれた状態ではあったが展示してあった。その像とは別に、噴水とエンクルマの像があり、こちらもまた壮大でガーナにおけるエンクルマの存在の大きさを感じた瞬間であった。
また、公園内には資料館も存在し、エンクルマが重要な場面で着用していた服やガーナの独立に関する写真や本などなかなか見られない貴重な品々が展示されていた。中には日本語でガーナの政治について書かれた本も展示されていて驚いた。この記念公園を回った中での一番の驚きは、エンクルマが独立宣言の時に立った台がいまだに存在し展示されてあり、登ることができるということだ。メンバーの一部が登ってみたが、ガーナは今年で独立から60周年ということもあり、台へ上る階段はもう壊れそうだった。
野口英世記念研究所
2月16日午後に野口記念医学研究所(以下、野口研)を訪問した。東京医科歯科大学から共同研究にいらしている大橋様へのインタビューの後、寄生虫部の研究室を見学させていただいた。
野口研は野口英世の功績を記念しその志を継ぐため、1979年に日本のODAによって設立された。熱帯医療の最先端研究を担っており、エボラ出血熱の流行の際にも研究拠点として活躍した。また、現在は下痢症の解明・蚊媒介ウイルスの解明・薬草による新薬開発の3つを大きな指針として研究を進めており、ガーナの保険・医療水準の向上にも大きく貢献している。
主な研究指針の一つである薬草による新薬開発について、その一環として、2010年から日本のODAを用いてJSTとJICAとの共同研究プロジェクトが行われた。このプロジェクトではガーナの伝統医療に用いられているハーブからNTDsに対する有効成分を抽出し、薬剤開発につなげようという試みが行われた。100種の生薬に絞って始められたこの研究だが、その後8種類に絞られ、2015年にはその中からNDGsの病原虫の一種であるトリパノソーマに有効な単一成分の抽出に成功した。
このように時間とお金をかけて行われる創薬だが、実際には、製品化された薬剤が必要とされるアフリカの地域で正しく使用されないという問題がある。かつてのマラリア薬であるクロロキンは、高価な薬剤を買えないような人々に対してWHOによる無償供給がなされた結果、人々の薬剤濫用によって薬剤耐性を持つ病原虫を生み、有効なマラリア薬ではなくなってしまった。このような問題を解決するのは困難であり、教育・政治・国際社会など様々な側面から対処していく必要がある。
研究室を見学して最も印象的だったのは、研究者たちの活気だった。研究をしている学生の多くは大学院に進むために奨学金を必要としているのだそうで、彼らの強い熱意にも納得がいった。学生であっても一人一人が自分なりに研究の動機を持ち、能動的に研究をしている姿は、日本の学生にも見習うべきところがあるように感じた。
活発に研究が行われ、実際に多くの成果を出している野口研だが、長期的な運営を考えるにあたって、幾つかの問題点もある。その一つに、研究にかかる莫大な費用と、最先端の高価な研究設備を維持していくための費用の確保がある。現状では大部分を日本のODAによりまかなっているが、長期的な医療研究の発展にはガーナ政府によるサポートが必要であるように考えられる。ガーナと日本が医療研究を通して良きパートナーであり続けるためにも、これからの研究体制を考えていくことは重要であるだろう。
ボンサーソ村
私たちは2017年の2月17日から2月19日にかけて、ガーナ第二の都市クマシの郊外に位置し、ミレニアムビレッジに指定されているBonsaaso村にてMillennium Village Project(以下、MVP)の視察を実施した。日中は現地ガイドの引率の下、カカオ豆農園やヘルスケアセンターをメンバー全員で訪問し、MVPが始まる前後でどのような変化が起きたかについて話を伺った。夜は2〜3人ほどのグループとなり、村の住人の家にてホームステイを実施した。
Bonsaaso村は2006年にMillennium Villageとして認定され、2015年のプロジェクト終了まで、10年間にわたり支援を受けていた。この村がMVに選定された要因として、金鉱山の採掘や木材伐採に伴い土地が荒らされて道路環境が劣悪となり、他地域に比べて物資確保、通院等の交通が不便であったうえ、マラリアの罹患率が他に比べて高かったことがあった。そしてこうした問題はこの10年間を経て、大幅に改善されたと言える。プロジェクト結果の仔細について記すと紙面を圧迫するので割愛させていただくが、当初の設定目標を大幅に超え、現在のガーナの一般家庭の生活水準よりは高いところにすでに到達しているように感じられた。
現地ガイドの話によると、プロジェクト期間中は村の外部から派遣された専門スタッフを中心にプロジェクトを進めていたが、任期後、スタッフがガーナから撤退しても発展が持続するように、村のリーダーへの円滑なプロジェクトの引継ぎを完了させているとのことだった。
MVPが終わった現在は彼らが中心となり、中長期的な視点での発展を達成し、全家庭の中所得家庭への移行を果たすべく、新たに動き出している段階である。
最後に
今回のガーナ研修は一年生が多かったこともあり、とても賑やかで楽しい研修となりました。急速に発展を遂げていく国ガーナにおいて、メンバー個人がそれぞれの関心に基づいて、たくさんのことを吸収できたのではないかと思っています。
この成果は、来月20、21日に開催予定の東京大学学園祭の五月祭でもお伝えしたいと思っておりますので、ぜひご来場ください。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
それでは最後になりましたが、今回の研修にご支援をいただいたMPJ理事長鈴木りえこ様をはじめとする皆様に心より感謝申し上げ、本稿の締めくくりとさせていただきたいと思います。ほんとうにありがとうございました。
報告書へのリンク
https://drive.google.com/file/d/0B5rVaVXPLkjxeC1uLVZGRDNEMzA/view
MPJユース(前)代表
川溿晃平